急な雨

昨日せっかく洗車した車。今日はどうしても瑞浪の加藤眼科に行くために、10時40分頃家を出たのですが、直後結構激しい雨に会い何のために洗車したのかとがっくり。鍵山相談役は「雨が降っていてもお得意先に出かけるときは洗車しなさい」と、教えられたのですがまだ私はその域には達してないと感じながら、帰路の途中から雨がやみかえって車は汚れがひどくなる始末。まったくついてないと思っていましたが、まさに相談役の教えの逆ばかりをいっていると思いながら、車から降りて車を見ますと、洗車してある車かそうでないか一目瞭然です。車を洗ってあると水滴はきれいに流れますが、汚れがついていて雨にあったら確かに水滴の流れはきれいに流れていません。ことほど左様に、落ち葉の掃除でもそうです。掃除した直後に落ちた枯葉は非常にロマンチックではないかなと思えるのは、落ち葉の中に落ち葉があるのでなく、地面に落ち葉が一枚二枚と感情ができるくらいです。たとえば、庭の苔の上に枯葉がぽつんと舞い落ちる。掃除をするとこうした情景に出会うことができるから、これぞ本当の幸せではないかと言われます。 なかなかそうした心境には至りませんが、私なぞはそうした小さな幸せを感ずる感性を持ち合わせていません。感性は磨くものと聞いています。どうしたところで磨きがかけられるかも本当に知らないものには、こうした情景に出会っても何も感ぜられない生き方をしているのだろうかな。今日の雨はそんなことを教えてくれる雨なのかな。北海道ではひどい天気になるようで心配です。

東京マラソン

三万七千人の大激走。スタートから最後がスタートするまでにどれだけかかるか。制限時間は7時間。日頃からよほど鍛えた出場者だと思う。これだけ参加者があるということは、マラソンの底辺も非常に深く、拡がりを見せていることだと思う。大正村がクロスカントリー二千人でもうこれ以上は捌けないと悲鳴であるが、一時は人が集まらずに関係者の皆さんは大変なご苦労をなされた様だが、こうして各地で開催されると、それはそれで競い合いになるだろうから、いつまでたっても関係者のご苦労の種は尽きないでしょう。今日は絶好の春。走者は大変暑かったろう。しかし世界との実力差は歴然として来ました。

Jリーグ開幕

Jリーグの開幕。世界ではFIFA会長選があって、45才の若さで会長に選出された。スポーツ界のみならず、どこの世界にあっても身綺麗さは必要なのだが、サッカーの開催権限を有するなど、様々な決定権を有する人は、なおさらこうしたことに注意を払う必要があるのに、最近は殊に権限を振り回す役職者が増えている様だ。同時に、自らの地位を真剣に学ばずに、失敗する大臣も見受けるが、全て、怠慢がこうした事態を起こしているのではないか。「梨花に冠を正さず」の諺の通り、相応しい人間性を誇る人がいかに少なくなったか。もっと言えば、金の魅力に如何に毒される様になってしまったのか。開幕を迎えたJリーグだが、是非技でその人気を高めてほしいものだ。

感動の対応

アマゾンに返品のお願いで電話した。本当に感じのいい対応と返品もこちらのミスにも関わらず、着払いで本来なら宅配業者に取りにやらせますから。勿論、着払いで結構です。丁寧に、しかも気持ちのいい対応には、本当に気持ちが晴れ晴れとした。企業の基本的な姿勢がこうしたところに現れるのか、通販では考えてみれば最も稚拙なことではないだろうかと勝手に思った。昔からよく言われることだが、愛想よく応対するには資本はいらないと。しかし、愛想は人材が必要となる。人材は人財ともいえるのだが、こうした教育に手間暇かけることが昔は何かもったいないような考えがあったようだ。必然にこうした企業は、ボトムダウン的な流れになりやすく、当然ワンマン経営になるのだろう。 今、シャープが台湾企業に買収されようとしている。企業救済の意味もあるのだろうが、日本の銀行団はシャープを見捨てたのだろうか。今の銀行は、形のあるなしにかかわらず 長年かけて蓄積したノウハウを理解することができない。当然、高度成長期のアイデアなどがどれほど豊富にあっても、この低成長下では使い物にはならないのかもしれないが、それにしてもこのシャープは社内的にはたくさんのドリームがあるのではないだろうか。そうしたことに対して投資をしていたからこうなったといえばいえるのかもしれないが、はた目には、亀山工場の投資にかけすぎた失敗がこの状態を招いたと見えるようだが、なんとも外部からは言えない。 シャープは今後人財の流出が続くかもしれない。特に、台湾の経営ということになるとなんとも言えないが、従前のシャープの数々のヒット商品の影は益々薄れてしまうのはまことに残念だ。その姿は、我が国の今後の製造業にも蔓延するかもしれない。販売のアマゾン。製造のシャープなど、本当に大切なものがなんであるのかを忘れる日本であってはならないと思うのです。

懐かしい声

掃除に学ぶ会事務局を12年お勤めいただいた、新上さんがお電話いただいた。お別れの電話で、まことに寂しい限りです。掃除に学ぶ会が一気に全国どころか、台湾、中国、アメリカなどへも広がり始めた頃。彼が見えなかったらと今思うとぞっとするくらい、私の様なものも殆ど毎週各地へ出かけていました。まさに、交通整理は本当に嫌な役目だが、そうしていかないと当時リーダーが足りない状態が続いて、真の掃除に学ぶ会を伝える事が出来ない状態でした。当時、素手でトイレを掃除するとは、根性論まで飛び出したくらい勇気がいる状態でした。元々、汚れに極力近づき、それを素手で落とすと本当に匂いがしない美しいトイレになります。素手は非衛生的と批判され、事務局は大変だったでしょう。相談役は素手も後できちんと洗えば良いですと。そうした大変な状況を捌いて頑張られた縁の下の力持ち。本当にお疲れ様と心からお礼を言いたかったです。

戌の日

2月22日月曜日は安産祈願には好日の戌の日。次女の懐妊から6か月。本当は5か月で岩田帯をまくのだそうだが、安産祈願を兼ねてこの日を設定したとのこと。こちらから家内と一緒に加奈美宅の駐車場まで、長女の運転で行って、そこから早川夫婦が迎えに来てくれて、八事興正寺近くのかに将軍で昼食を取り、それから八事塩竃神社へ安産祈願に行った。あらかじめ早川君が下見しておいてくれたので、まことに道中はスムーズに移動でき、昼食時にお祝いの一杯は私だけというぜいたくさで申し訳ないことでしたが、わが夫婦にとっては初孫。写真を撮るためにカメラも新調して初めて撮影した。志緒里ちゃんのお腹もちょっとぷっくりして、ちょうどこの日に検診に行ってきてエコーの写真を見せてもらったが、まだ性別はわからないそうだが、目とか、頭とかはっきりしていて、何かかわいい気がしてわくわくする感じ。自分の子供の時はこんな感じはなかったけれど、孫ともなればもうかわいいばかり。生まれた後が心配になる。名古屋の病院で出産して、こちらへ帰ってくるのだけれど、新生児なので病院が心配になる。さっそく、役所へ聞かなければいけないと思っている。母親も在所で出産後は過ごしたいと思うだろうから、万全を期しておきたい。予定日は7月初旬。あっという間のことだからできるだけ早めに準備せねば。喜びのあまり帰路バックを早川の車に忘れて、現在宅急便で運搬中だ。

変節

考えてみれば街は人が作っている。人は、感情の動物と言われるのだけれど、感情にも様々な種類があって絡み合うとややこしい。好き嫌いや恋愛感情、同情等々あげていけばきりがなくなる。このように、規則と複雑に絡んで人が動くわけだから、そこに最もややこしいのは個人の損得勘定が挟まれることだ。そうなると、次は方向の決定が大変になる。例えば、今回議員定数の問題で元総理と安倍総理の論戦。定数削減と是正をグズグズしていた自民党総裁が方向性として、今国会会期中に取り行うと安倍総理は約束した。自民党内部の調整は取れていたろうか心配するところだが、やる気になればできることなのだ。消費税の問題はじめ、自民党も支持率は安定している中だが、議員の行動に様々な問題が起き、次期参院選への布石もあろうが思い切ったっ発言であったようだ。

竹田市長

岩村の街づくり株式会社が、大分の竹田氏へ視察に行って、そのお礼を兼ねて市長がお見えになり、住民向けに自分の体験を話してもらへ、聞かせてもらえる機会を得た。よく頑張って見える姿が眩しかった。62歳なのでもうそろそろ引退をしなくてはと言われていたが、エネルギッシュに幅広い体験を話されていたが、殊に、人間関係、自らの行動を理解してくれた方の思い出話が多かった。田舎町で新たな事をするには、本当に反対者を如何に説き伏せていくためのエネルギーが費やされる事か。しかし、反対者がおるからこそ、事業推進のエネルギーが湧いてくる様だ。

大正村も活発さがなくなった時期は、大正村事業がドンドン国の金も入り、事業費も豊かに拠出される様になってからだ。街づくりは、人の文句は言わず、ともかく明るく、楽しくやれる事が鉄則の様だ。それは、自分の中でそうする事が可能な事だけれど。

人種差別

日本の国会議員がいくらアメリカの変革の表現とはいえ人種差別的発言をするとは、まさに驚きました。本人は弁護士。我が国の常識はどこへ行ったのでしょうか。相撲などをはじめとする我が国の『道』は、すべての例から始まります。その礼を無視して、自らの表現のみを優先させる事が、いつから許される様になったのでしょうか。あまりにも無分別な発言に我が国の質の低下に言葉がありません。政治以前の人としての出来事ではないですか。

中学総合学習

明智中学校一年生の総合学習授業で、大正村を学ぶ講師をひやひや務めてきました。生徒の授業態度のまじめなこと。話している方が緊張していたかもしれなかったくらい。愛知県西尾市佐久島では中学生が街作りに深く関与して成果を上げているそうだが、やはり、若い人ががんばろうとする姿を目の当たりにすると、老体にむち打ってもがんばらなくてはいけないと励まされた。

最近は学校の授業もずいぶん変わったものだ。地域を学ぶことは幾度と繰り返したが、街作りに深く入り込んでいくことが授業の中から積極的に出来るとは驚きだ。地方では活性化が叫ばれているけれども、まさにあのように人材の育成が具体的にされていくことが出来るようになるとは、担当の先生もその守備範囲には大変なことだろう。しかし、学校教育も模範解答主義であっては、教育の限界が来たことへの一つの試みとして、誠にすばらしいことではないだろうか。人間の幅が学校という世界で磨かれていく。そして社会との接点で磨きがますますかかっていく。よく分からない者がしゃしゃり出るつもりはないが、何か協力できることがあれば今後も協力していきたい。

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