良いお年を

我が国ばかりではありませんが、相手のことを思うごあいさつは本当に温かい余韻があります。年末は良いお年をお迎えくだだいとお別れする最後に加えます。言われた方も「あなたも良いお年を」と、付け加えてお別れします。この言葉には温かい気持ちと同時に、季節感漂う言葉が感じられませんか。相手を思う気持ちはほのかに伝わるmpんpで、私があなたのことを本当に心配していることを分かってねなどと主張しているものではありませんが、最近では主張する事が多いようです。尊敬する鍵山様は、お別れの際、きちんとお客様の姿が見えなくなるまで送って見えます。しかも、直立不動の姿勢をくずされません。お邪魔した方は申し訳ないやら、ありがたいやら。

このようにきちんと誠意を持って対応することは、やはり心あるところに宝あり。と、相談役が説いて見えることばでしょうか。そして、そこには常に陰徳の精神が存在してお見えになります。そうした中に人徳が育つのでしょうか。最近こうした事のできる人が随分みえなくなりました。反面本当に自己主張が強い方が多くなりました。しかし外国人から見れば、東日本大震災の時の被災者の対応など、本当に立派と言われています。来年政権交代。本格的に国民の選択した政党が動き出して、7月には参議院選もあります。わが国はどこえ向かうのでしょうか。ともかく今年1年お世話になりました。

 

なれないこと

年賀状印刷が新しいプリンタでチャレンジした関係で、休みにもかかわらず社員に皆さんにご迷惑をかけました。原因は指定プリンタドライバーが違っていたことにあったのですが、ついに社員のお出ましをお願いした直後に気付いた次第です。本当に申し訳ないことです。そこで思ったことはなれないことをやる場合本当に気づかなければならないことは、いつもよりも注意を払うということなのですが、ここにもう一つ要因が重なると思います。それは、やることが好きか嫌いかです。嫌いであると本当に目も当てられない状態になります。なぜなら、やってることに自信が無いので、やっていることに落ち着きがなくなります。そこで普段考えられない失敗をしても全く気づかずにいるのです。考えられません。しかし、そこで助けてもらうと間違いなく地獄に仏的になることは間違いありません。まさに人助け。

昨日当社ではささやかな忘年会をしたのですが、大変おいしい手作りの餃子と麻婆豆腐をよばれました。理屈抜きで本当においしかったのです。特に、社員そろっての食事です。飲むのと飲まないのが半々。しかも、その量も下戸と大酒ですからよくもまあこうしてそろったものだと。そうした中一年に一度の手料理なのですが、その味が進化しているので余計に驚きました。好きと言うことはこういうことなのでしょうか。仕事も同じ事でしょうか。しかし、仕事には生計を立てるという業務も入っているのですが、今の日本は先に生計を立てることが出てきてしまっているのではないかと思います。

そんなことの中で、自分が好きで仕事に就ければ本当によいのですが、なかなかそうばかりはいかないことが多いでしょうから、仕事の中で自分が工夫をして相手に喜んでもらえる事を考えてみると、結果として自分の成長させてもらえるのかもしれませんが、なかなか底までたどり着けないですね。しかし、一度チャレンジしてみたいものですね。手っ取り早いのは掃除かもしれません。

マイナス12度

今朝は本当に寒かった。屋外ではマイナス12度を記録していたそうで、冷凍庫にすっぽり包まれたような感じでした。一昨日降った雪が道路に凍りつき走行にも大変危険な状況の中、本年最後の挨拶回りに出かけさせてもらいましたが、どこへ行っても「今日は本当に寒い」の言葉ばかりに、余計に寒さもつのりましたが、日中は逆に大変なよい日和になってきて、背中に張ってもらったホッカイロが暑すぎるくらいです。実に暮らしにくい気候になって来ましたが、これも亜熱帯気候のせいでしょうか。気候の温暖化は暖かくなるばかりではないらしく、気温変化が非常に大きくなることもあるそうです。勝手に都合のいい解釈をしていますが、そうはいかないようです。

考えてみれば、子供の頃はこちらでも大変な大雪があり消防団で学校の雪かきをして通学路の確保をしたり、朝になると屋内の水道管が凍ってはぜたりして、本当に様々な事象に結構出会いました。こうした事から見れば、京の気温なぞ冬だから当たり前ではないかと思うのですが、よくよく考えてみるに、体験している側の体力が落ちているために、身にしみてつらく感ぜられるのかと思います。これも、年を楯に甘えているのではないかと反省するわけです。それは、京お邪魔した会社ではこうした寒さの中でも営業車をキチンと洗車して見えました。洗車した水が凍って路面が危険な状態になっていましたが、よくもまあこうした寒さの中でも、お客様のところへ行く姿勢を保っ為の修行ともいえる洗車をされると感心しました。

最近は感心しているだけで自ら実践しない自分に、甘えが見受けられます。やはり、実践しなくては自分の身にはつかない事ばかりでしょうから、本当に反省しきりの今朝の寒さでした。

時代は変わる

どなたかの歌でこうした題名の歌がありました。しかし、時代の変化を認識していない人もたくさん見えるようです。それは、自らが高見にお見えになる方の特徴かもしれないですが、いつまでも時代はそうした変化を認めているわけにはいかないようですから、必然的に高見の方は置いてきぼりになるのでしょう。そうなると、置いてきぼりにならない世界を自ら作って、まさにお山の大将的な存在で自分の言うことを聞いてくれるメンバーばかりを周りに集めて、結果として、裸の大様になるのでしょうか。あなたは裸の王様ですよと言ってもらえる人すらいない。そんな惨めな人生を送らなければならなくなっては本当に何のために生きているか判らなくなると思われます。まずは聞く耳を持つ。そして、実行する自分を作り上げる。そんな自分が世界を自分の中に作っていけば、少しでも社会へ自分が開けていけるようになるのではないかと思います。

それには、自分が謙譲の美徳を実行できるように努力することです。謙譲とは字の如く相手に譲ることです。相手に譲るとは相当に自分に勇気が必要です。これが出来なくて身を滅ぼす人を何人も見ます。そうした人の特徴は相当に自己中です。そのために、人の言うことが聞けなくなり、ドンドン自分しか見えない世界に没頭して幾特徴があると思います。では、そうした世界からの脱却はどうすればよいか。最も簡単です。自分を大きくすればよいのです。大きくするとはまずは自分のことより、相手のことを喜んで出来る自分を作るのですが、ここで注意が必要なことは、徹底して「他利」を貫くことでしょうが、なかなかそれを継続することが難しいことです。やはり、底には忍耐という一つのハードルが存在しているのです。一度やってみませんか。

考えてみればもう新年か

最近光陰矢のごとしで、本当に時間のたつのが早くて早くて。よく考えてみると自分の動作が遅くなった分時間を失っているのか、自分の時間に対する感覚がだんだん鈍くなってきたのか、いずれにしても早今年も終わりを告げようとしているカレンダーです。マヤ歴で何か地球最後の日があったり、自民と民主の政権交代があったりめまぐるしい今年でありました。自分自信の10大ニュースを作るといいと何かで読んだことがありますが、まさにその通りですが、最近は本当に変化を忘れてしまうほどのめまぐるしい変化です。その中でも、特に自分の年齢に対して著しい年齢と体力の感覚のずれなどがあるのは、本当に自分で気づいたときいやになります。しかし、それも忘れて又力んでは年を感じさせられる。人間の四苦八苦の中にある老いる苦しみなのか、年齢の節目は確実に訪れてくるようです。

たとえば、若い頃に行ったゴルフ場へ行きドライバーの飛距離を考えてみると、当時から比べれば相当へこむものがあります。そうした事で何とかもう少し飛ばそうとつまらぬところに力を入れすぎてフォームが崩れ、スコアーも崩れていく。距離が出ないので、グリーン周りの寄せにスコアメイクの期待が掛かるわけですが、従来のゴルフからでは寄せに技術はあまり鍛えていないから、どうしてもスコアは悪くなるのですが、ゴルフ全体が悪くなったように思えてしまう。話は変わりますが、天才スケーターの真央ちゃんでもスランプがあったという話をテレビで見ました。しかし、お母さんの死を乗り越えて現在復活しています。それは、新しくついたコーチが、真央ちゃんに徹底して基礎からもう一度スケートをさせたと言ってました。本当に大切な事です。忘れがちなことです。人間の思い上がりこそはいつもあることですから、こうした事を戒めるにも、掃除こそは大切な人生修養なのでしょう。そう判っていながら今年も大変失礼ばかりをしています。鍵山相談役の前などには恥ずかしくて出られません。来年は少し掃除にシフトしようかな・・・

スケジュール

昨日急遽頭髪のカットの予約をしてもらい、家内と一緒に行こうと思いました。無理やりのスケジュールでなくこの忙しい時良く取れたと思います。ところが朝から鼻血が出て、ドンドンひどくなって行きます。何とか何時ものように収まらないかと安静にしていましたが、逆に、両方から出血してくる始末。ついにタイムアップとなりましたが、家内は自分が予約している関係上自分が一人でもいく気です。特に家内とは幼友達のかたでもあり、無理もありませんが。

本当に世の中はこうした皮肉が一杯重なりませんか。スケジュールは自分の都合でたてて消化出来ることが当たり前。出来なかったら誰かの責任にするわけですが、こうした本当に不可抗力は逆に何ともしよおすがありませんから、余計に腹がたちませんか。逆に腹を立ててもいた仕方ないことですが、そこが人生を達観して無い自分としては、何かに八つ当たりしたくなり、そこで近くにいる家内に怒られて、余分に腹を立てる情けなさ。人生の修行が足りないといえばそれまででしょうが、いかに今まで自分の思い通り周りが動かしてくれていたことかと、一人反省している年の暮れです。スケジュールが狂った分どこかで取り戻さなくては。こう思と又焦りがかさなり

袖スリ合うも

昔から「袖スリ合うも多少の縁」と言うことが言われるくらい「縁」を大切にしているこの世界。この頃その縁を活かす事が出来ない人がどうも増えたようです。袖スリ合うとはほんの多少な関わり合いとの比喩でしょうが、関わりを活かしていくと言うことは如何に自らの感性を磨いておくかということでしょう。昔の話で、豊臣秀吉がまだ名も無い頃矢作の橋で蜂須賀小六に出会い、それから勝運を得たという話とか、弁慶と牛若丸が京の五条の橋の上で剣術の勝負をして、弁慶が敗れ以後牛若丸の忠臣となったとか、桃太郎伝説にあるように、雉と犬と猿の出会いから鬼ヶ島へ鬼退治に行く出会いなど、出会いを人生の大きな勝機にした話は数限りありませんが、いずれの話も出会った事でその関係を深めている事に共通性があります。特に、自らの目的達成のためになくてはならない存在として、お互いに出会いを大切にしている涙ぐましさがありませんか。

現代は非常に我が国はそうした人との縁を大切にしてきた国から、損得勘定でのつきあいに変わってしまい、常にそこには自分にとって村か説くかの打算が働いている国になってきてしまいました。特に、自分にとってということばかりを考えていると、当然相手もそうした事しか考えません。自分に不都合なことがあれば、当然そこでその縁は切れてしまう。小さな我が国でそうした事を繰り返していればいったいどうなるのでしょうか。貿易赤字が増えたと昨日のニュースで言っています。当たり前のことでしょう。それは逆輸入の車がまちなかを走り、来ているもので国産はほとんど見なくなり、部費音調達もほとんどが海外の工賃の安いところに頼らないと、グローバル世界に対抗できない現実です。

日本は戦後大変な経済成長に明け暮れてきました。国内も、軽工業からの転換で重工業の発展と、」それなりの内需に支えられ、併せて、韓国や中国の成長で、まさに右肩上がりを謳歌し、それに伴い週休二日制の導入や、好待遇に酔いしれてきました。その間、特に東南アジアは日本の指導や、技術輸出の恩恵で大変な底力をつけてきました。我が国の労働者と比較しても10分の1以下の低賃金で、週休もなしに働く民族の出現。同時に、そうした民族が消費対象になってくるのですから、我が国が太刀打ちできるはずががりません。40年ほど前のアメリカ自動車産業のようなものです。その前が、家電製品。そして、世界に冠たる我が国のマイクロチップなどは韓国や台湾の会社に現在は買収されていっています。

こうした現状を築いていながら、我が国としては経済や政治の空白を20年も送ってきてしまっています。国民が力を合わせるとは、民族の行動の単位です。坂の上の雲の如く我が国も今国民が等しく我が国の先行きを考え、行動していくときではないでしょうか。どんな小さな組織でもそうした事を考えていけるような国民性を取り戻すことが出来れば、我が国の再生はまだ可能ではないでしょうか。そのためには、もう一度自らが社会の一員として世の役に立つ志を新たにすることではないでしょうか。

まちづくりは誰が主役か

大正村では村長が大変がんばってお見えに成り、地域のイベントにまでお力を貸していただいているようですが、それにしては住民がえらく冷めているのはどうしたんでしょうか。講師tもんだいには常に悪役捜しが行われるのが常のようです。そして、悪役と言われる人が本当に徹底してこき下ろされるので、そうした役を次に担う人もいなくなり、指導力を欠いた組織での運営になるのではないでしょうか。こうした問題は実にどんな小さな組織などでも起きていることで、極端に言えば人が2人以上集まるとこうした事が日常茶飯事になる昨今ですが、そうした組織を利用して民活などと行っているところもあるようです。本当に事実を知っているかどうか判りませんが、あたかも住民説明をすでに終えたかの如く、既成の事実として次へ問題を展開使用とされる住民は、全く自分たちの知らないところで物事が進んでいく感じがするのでしょう。そこで、問題の本質から離れた議論をする羽目に成り、結局は本質からドンドン離れていったところでの議論になってしまうと言うことでしょうか。

地域はよくノミュニケーションをあたかも大切にしているように見えますが、最近はどうもそちら本質が変わってきています。つまりはおつきあいが大変儀礼的となっているため、飲むということが本質の洗い出しではなく、憂さ晴らしの空気抜き的な行為になぅっているのではないでしょうか。こうした事がだんだん積み重なっていき地域の絆も疎遠になっていく。会社でも同じ事がいえるのですが、本当に主役を演ずる覚悟が備わっているのかどうか。つまり、自発的に地域を時代へ少しでもよい形で伝えていくことは、わずか一人や二人の人間ではできっこないと思います。それぞれがお互いを頼り杉っていても出来ませんが、自立している人間が、志で束となって何かをしようとすると本当に強くなるのだと感じます。

勝ちすぎた自民党

とんでもない数字になってきました。国民の民主党に対する期待が外れて、他に受け皿もなく一気に超安定な得票を自民党に与えてきたのだろうか。一方の民主党は本当に無残な姿になって、現職官房長官、大臣が落選すると言うことに成りました。解散時期が大変難しい中ではありましたが、まさに国民の声を聞き間違えるとこうした姿になってしまいます。本当に人の気持ちを読み切ることはなかなか出来ません。今回本当に自分も厳しい教訓を得たと思っているところですが、いずれにしても民主党もともかくマニフェストに縛られてきたのですが、実際そのことが実行出来るかどうかの判断材料もないのに、国民が望むことだからとマニフェストに掲げて、自分の首を絞め続けてきた、まさに本当に甘い考えが社会に通じるのかと思いませんか。

政権交代も3年ちょっとで元の木阿弥どころか、再起不可能までに今回たたかれ、有益な人材も失ってしまった大変な事態になってしまったのですが、党首の責任をとってここでやめるというのなら、野田首相も旋回の党首選挙に出馬しなければよいのにと思うのは間違いかな。そっして、民主党も完全に分裂して中、小沢閥も完全に解体され、本当に形も何もなくなってしまいましたね。自民の独走を許すわけにはいかない政治情勢に成りました。

衆議院選挙

投票率があまり伸びないようです。衆議院選挙も当然のことなあらあれだけの党が自己主張をして国民に自党への投票をお願いするばかり。争点はほとんど違いのない中での不毛の選択に見えるのは私ばかりでしょうか。国民の方が非常に賢く、今日は大変な好転だから年始の準備や、行楽に出かけるなどでいまいち選挙には振り向いてもらえないのも無理はないでしょう。

国民にとっては本当に大事な選択ですが、大事を国民に押しつけ、不法な占拠を強行せざるを得ない政界は、もっと今後襟を正すことをしないと、業界の中だけで他党批判が私が正しいなどの主張をしていることがすでにナンセンスに国民は移るかもしれません。特に、若者は今後の社会保障問題などはほとんど論点にも乗らず、言葉だけの論争を繰り返した今回の不毛な選挙には、本当に国民として嫌気がさしてくると思います。しかし、我が国を変えなくてはなりません。そのためには今後の結果を背負って政治を監視していくことも国民の役目となってきます。がんばりましょう。

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