文化の伝承

8月25日(土)岩村町で城址能が今年も行われました。1年ぶりに友人に無理を言って3人で鑑賞に行きました。初めての時から比べれば実に理解しやすい自分自信に多少力がついたかもしれませんが、やはり経験とはこうしたことでしょうか。最初は仕舞つぎに能で祇王、狂言で鬼瓦を鑑賞させてもらいました。会場は岩村城藩主邸跡の屋外ですでに28回の開催を数えているイベントです。本当によくも続いていると思うことと、能という本当にこの機会以外ほとんど目に触れない日本の伝統芸能を、よくここまで続けてきたものだと感心しました。最初は物珍しさも加わって相当な鑑賞客が詰めかけていたようですが、現在では地元の方は非常に少ない気がしました。しかし、そうした中で日本の伝統芸能を超一流を招いて開演した努力は、実に大変なことをやってきたと感心しきりです。

藩主邸の古い松の木がライトに浮かび上がり、薪がたかれた荘厳な場所は当地みたいに何かやってすぐ批判を受けてやめてしまうことの無い、歴史を伝える覚悟が感ぜられます。おそらくは何度も雨に遭っていることでしょう。採算もあまりよい事業とは見えません。しかし、事業をやっている皆さんが一生懸命プライドをもって動いて見えます。まさに、さすが岩村と喝采を送りたい気持ちです。最後の演目は残念ながら座り続けた関係で、痛み卯を感ずるようになりました。大変主催者の友人も残念がっていましたが、申し訳ないけれども失礼をしてきました。

町には本当に多くの歴史があります。その刻みはおおくの文化を生んできます。生まれた文化の中にその地域の特色がいっぱい詰まっているものです。だから、こうした地域で生まれたものを大切にしない地域は、残念ながら後世に伝える文化ははぐくむことが出来ません。そうなると、地域の絆も残念ながら生まれてきません。地域は人が形作ります。その形を今すむ人が使いやすいよう変化させていくのでしょうが、変化は一気に変えることはなかなか出来ません。なぜならば、多くの人がその文化を体験し様々な考え方で変化させていくのではないでしょうか。島崎藤村が描いた馬籠。主人公は日本文化の変転について行けず自殺の道を選ぶのですが、そのくらい地域文化について行くことの難しさが昔からあったのでしょう。

現代、情報化時代がハードからハードを生かした仕組みに変化して行っています。そのため、デジタルデバイドという現象が起こっているんですが、国はほとんど気にしていない様子。なぜなら、国会議員の先生は人を使ってそうしたシステムに乗っかっていけばよいからですが、しかし、そうした事の判断は先生が行うわけですから、実際しっかりした方向性などの判断は出来ない状況ではないでしょうか。そうした決断しにくい時代にこうした能を城址で続けているのは、他ならない、岩村城再建の夢があればこそと思います。当地もいつの間にか大正村があらぬ方向へ進んでしまっています。住民との距離も相当隔たってもあえてそれを埋めようとしないトップの姿勢。これはまちづくりとは絶対いえないです。

忙しいとは

忙しいという字は心を失うとかきます。忙しいために普段から出来ていることが出来ない。これは確かに出来ないことの確たる理由になりますが、忙しさの中身を問われると果たして本当に時間の無いくらい追われているかどうか。滅多にそうした事はありません。なぜなら手厳しいですが、人間徹夜で仕事をするという、つまりは寝る暇も無く忙しいと言うことはほとんど無いと思われます。寝る時間は仕事の事も考えず休息するわけですから、この日間もないくらい忙しいと言うことになれば、これは本当に大変なことです。鍵山相談役がお忙しい時には、1泊7日の出張をやっていたと教えてくださいました。どういうことかと言えば、1泊は安い商人宿で布団の上で寝れるときで、後の7日は移動時間も惜しんで車の中で寝ていました。しかも、軽トラックで荷台はおろかじょしゅせきまで荷物を積んでいたので、運転席でハンドルを持った状態でした。時々、運転しているか眠っているか混同するときもありました。などのお話には本当に驚きました。

しかし、こうした厳しい状況をがんばってこられたのは、相談役ご自身にお持ちになった夢というものがあったからこそと思います。今日は、名古屋の街頭清掃です。当社もいつも2人で参加して名古屋を清掃してきたくれます。特に、本日は土曜ですから、なのも早朝から掃除に出かけなくともと思われる人が大半でしょう。しかし、私は彼らが掃除から帰ってくると一回り大きな人間になったような気がします。自己満足かもしれませんが、自分から人にいやがる掃除をして、他人に喜んでもらういわば修行。こうしたことを現代本当にどこで学ぶことが出来るのでしょうか。

などと言いながら言い出した自分はすでに1年以上参加できない始末。よくよく考えてみると利他ほど続かないことはありません。利己はほとんど永遠に追い続けられる事でしょうが、その利他をやらなくともいい理由に「忙しい」がいとも簡単に使われるのでしょうか。自分の胸に手を当ててみればその返事は一目瞭然でしょう。それが怖いからやらなくてもいい理由をいくつも並べている自分が見えます。掃除にいけなくても自分が本当に自信を持って動いていることはありますか?などと自分に問いかけしてみることが本当に怖くなることがあります。そうした意味では自分の心はまだ正直かなと思います。

小さな力が集まって

本当に小さな力がいくつも集まって昨日の花火は上げることが出来ました。大正村広場は盆踊りの櫓、バザーテント、もちろんお客さんが花火を見るために広げているござなどでごった返していました。日頃をもてあましているような大正村広場も、昨日は芝生まで観客席になっていました。そして、皆さんの寄付で買った花火を40分間上げ続けます。大きな花火や音の大きな花火一つ一つにそれぞれの歓声が上がります。聞いてみると、遠くは京都などから大正村に来てくださり、せっかくだから花火を見ていこうというご夫婦もお見えになったようです。お盆の帰省でふるさとで初めてこれほど立派な花火を見せてmらっただとか、皆さんがそれぞれに楽しんでいただけたような気がします。私は市長が見えたと言うことでご挨拶に言ってご一緒させてもらいましたが、本当に裏方の皆さんがご苦労様です。今朝も早朝より後片付けに励んで見えました。昨年と一昨年は自治会長の役割で、打ち上げ箇所のゴミ掃除に早朝から出かけましたが、今年は役割も終わりでゴミ拾いはありませんが、何のことはない。結構早くから目覚めてしまいました。

イベントは実に大変で、特にこうしてお金をかけるとなると目標数値までの集金が大変です。特に、昨今のように不景気でドンドン地元業者が亡くなっていく状況では、集金も減るばかり。それは当然増えることはありませんから、減ってしまってどうなるのだと言うことですが、当然、花火を減らすより方法はありfません。しかし、昨日はまだたくさんではないですが寄付があり、また、町民各世帯からも寄付があり、当地を訪れた人たちが楽しめる花火になりました。こうした、一つは大変小さいのですが、皆さん共通の目標に向けて進んでいくことは、人間本当に強くなると思います。オリンピックメドレーリレーで北島選手は個人戦よりお早いタイムで泳いだと報じています。計測やスタートの方法に違いはあるにしても、みんなに迷惑かけたくないという強い責任感が、メダルを取れなかった自分をみんなのために奮いたたせられたようです。卓球、バドミントン、フェンシング、アーチェリー、水泳、サッカー、バレーなど団体競技では本当に我が国はすばらしい成績を残してくれました。こうしてみると女性上位がオリンピックにまで及んでいることも痛感できますが、何はともあれ本当にみんなが自分は他の人に迷惑かけたく無いと切磋琢磨した技を、あの大舞台で披露できました。

日本人は元々こうした気持ちは強い人種ではないでしょうか。キチンとした規律の中で生きた行くその逞しさ。しかし、今そうした事を忘れた我が国は諸外国からもさげすまされた見方をされています。特にこの頃の韓国や、中国、台湾など領海問題で従来の日本の技術を寝たっていた時代とは大違いな態度に出ています。我が国ももっと毅然とした態度で、自らの主張を貫くようにしてもらいたいものです。武力を使わずに。まさに小さな力をいくつも集めて。

大正村広場では夏祭りの用意が始まりました。今夜は全町からの寄付で打ち上げ花火をします。田舎の山の中にしては大変立派な花火を上げるものだと前から思っていましたが、仕掛けは全町民の寄付でこれだけのことが出来る仕掛けがこの頃ようやく判ってきました。一人の力はごくわずかですが、何かに目標を決めてみんなでその方向へ動き出すと、大きな反対もなくこうした事が出来るように成ります。まさに、主役のない町つくりですが、最近はお盆の帰省すらあまりしてもらえない、規制しても田舎に腰を落ち着けていない家族が多いように見受けます。これも、新しい設計の家はお客を迎える余裕のない設計になっているのでしょうか。ひなたぼっこの出来る縁側などほとんど今は作らない家が多い。自宅と社会の接点の大切なところですが、どうしてもこうしたことが無駄となってしまう時代背景です。

盆もこちらは旧盆です。近くには新盆や、8月1日からの盆など多種にわたる盆があります。最近この盆は夏休みと勘違いされている節が見受けられ、あいもかわらずお墓掃除と仏壇の係は老体の八鍬里奈お宅が多いと思います。盆花を墓と仏壇に飾り、仏壇には蓮の葉を。そして少し前まではキュウリとなすに塩と味噌を枝豆の葉で振り分けを造り、先祖の霊を送り出していました。しかし、こうしたことも河川がゴミでいっぱいになると言うことから出来なくなり、今では、線香を橋の欄干に備えさせてもらえることしかできなくなりました。時代の背景がその時々の昔からの風習のあり方を変えていく。それは生活に合わせて変化しているのでしょうが、最近、そういえばお墓もあれたところが多くなってきました。これも時代の変遷かな。

完全寝不足

オリンピックの結果は朝テレビのスイッチを入れれば判るよ。家内にそう言われてそ、れもそうだと一度は床につくも1時間ほどで目が覚めてしまい予定外のレスリングからテレビ観戦となってしまった。吉田選手の試合はテレビではもうすぐやるよと見せながら、結構い時間くらいの時間がたってしまい、その間うつらうつらしながらの観戦で、吉田選手のロンドンオリンピック全試合を観させられました。しかし、世界に冠たる3連勝をやルだけの実力の持ち主が日本には2人もお見えになったかと思うと、衰えゆく我が国の将来に少しは薄日でも差しているのではないかと思いました。ライバルは必死に勝ちを狙って研究してきます。その上を超えて戦いに勝利するべく研究を重ねてきます。本当に偉大な事ではないかと選手の大きさに圧倒されながら、こちらは明日の行動を考えながら、少しでもテレビが見たいとちまちまやっています。結果として、前日解消された寝不足症状にまた逆戻り。今度は加えて頭痛まで加わってきました。考えてみれば、昨日の睡眠は2時間。若くもない体にずんと響きます。

しかし、今回のオリンピックでのメダル獲得数は種類を別とすれば数はすごいです。結果だというものの、本当にそうしたアスリートの苦労はいかばかりかと思わざるを得ない反面、自分がいかに甘えて日々を送っているか判ります。こうして多くの人たちの人生を少し垣間見れることは、ゴシップ番組のあるせいですから、感謝することもありましょうか。

しかし、最近のアスリートのインタビューはほんとうにすばらしいです。感動すら覚える人も数々お見えになります。皆さん大奥の方に感謝しやはり偉大な人はそうした感謝という手段を知って見えるkら、こうしてすばらしい舞台に立つことが出来るのでしょう。技術的な面からメンタルまでご両親が懇切丁寧に指導されている姿は、現在問題になっているいじめ加害者などからは想像できないことです。愛情をいかに注いで子育てをするのか。ともにいる時間ではなく、いかに真剣に接する事が出来るのか。そんなことを思ってインタビューなど見せていただきました。

しばらくぶり

書き込みが本当に久しぶりな気がします。大変忙しいわけでもありませんでしたが、オリンピックと暑さでだらだらと時間を送っていました。その間何をしたのかと思い返せば、本当に何もしていないぐうたらな自分に改めて気づかせてもらっただけ。これも暑さのせいと言えばいえるのですが、特に、深夜に寝れなくなってしまう生活時間で、かえって不眠は苦しみであることがよく分かりましたが、自分の体がくたくたになれば結構今朝などしっかり寝過ごしてしまいました。眠れないと自己暗示をかけているのか、それとも、夜寝ていないのでと日中だらだらしているせいか。考えてみれば本当に人間は甘えればいくらでも甘える理由が見つかります。

こうして甘えていると、日々キチンと出来ていたことが全く出来なくなります。言ってみれば自分のペースを自分で乱しているかのようですが。昨日は午後7時から恵那文化センターでリニア中央新幹線の講演がありました。リニアの走行理論から始まり地域における影響まで結構1時間半くらいの講演でした。リニア停車駅がお隣の中津川に出来ると言うことで、恵那地域にも大きなおこぼれは無いものかと大きな期待をわれわれもかけているのですが、今ひとつ形がぼんやりしていて、同時に、まだ15年後という期間もあってぴんときませんが、しかし、すでに進んでいることは進んでいるようです。たとえば用地買収などで、残土捨て場などはすでに買いあさりが出ているようです。世の中何でもスピード時代だからと言っても本当に生き馬の目を抜くような競争社会。資本主義も断末魔になってきているのでしょうか。

昨日から高校野球も始まり、オリンピックと併せて本当に忙しい今年の夏です。併せて、政局も予想通り野田政権が完全の泥舟となってきて、解散風が早々に吹く状態です。時間のたつのがいっそう早く感ぜられる日々ですが、季節は着実に秋に向けて進んでいます。

周りに感謝

今回のオリンピックで上位を占めたアスリートのインタビューは本当にすばらしいですね。異口同音にここまでしてくれた家族や友人に感謝したいと。本当に涙が出ます。入江選手は声をからして応援してくれる友人に感謝したいと言っていたし、3連覇で注目された北島も本当に正々堂々とやることはやったと言っています。そこへ行くと柔道は本当に女々しいです。格闘競技だから勝ち負けはついて回るものですが、日本の指導も全く悪いやり方で勝てないと一までも同じ事を繰り返しています。国技の相撲と同じ。柔道は名前は残ったのですが、格闘の仕方が大きな変化をしてきています。その現状に目を向けず、依然として立ち技重視の進め方です。外国人はみんなすぐに技から逃れるための引き腰と、場外すれすれでの戦い、寝技重視。いずれをとっても日本柔道ではもう種類が違っています。

こうした現実を直視して一心不乱に自らを鍛えた松本が金メダル。彼女に救われた日本柔道界ですが、彼女はあまり公明な我が国の柔道家には指導を受けていないのでは。水泳でも、アーチェリー、バドミントンなど日本も新しい時代が訪れてきました。テニスは過去に準々まで言ったことはあるそうですが、今回それが復活しました。錦織選手も相当独学部分が多いのでは。

よく考えてみると、北島がかっこうよくてスイミングが浮上し、藍チャンの活躍がゴルフブームを作る。今回は体操かな。やはり世の中は目標がはっきりしていれば励むことが出来るのですが、もう一つ。それが好きと言うことが要件になるのでしょう。それには、自分でやる気になる環境を作ることですが、好きになるために甘やかすことでは決してありません。お間違えなく。

歴史を継ぐ

今日中日新聞の東濃版に岩村で城址能をことしもやるとの記事が出ていました。こうした伝統芸能は非常に経費がかさむ大変なことですが、今年も再びこうしたイベントにチャレンジしようとする気持ちは、本当に尊いものを感じます。伝統は続けて初めて伝統となります。10年偉大なり、20年恐るべし30年神のごとしと、鍵山相談役から継続性の貴重さを伺ったことがあります。何でも続けられるかと言えば、それは大変難しい。だから余計に継続しようとする意義を深くそれでは感ずる事が出来るようですが、どのこと一つとっても継続するエネルギーは本当に貴重なものです。

強制的に継がせようとした時代。それは、価値観の押しつけとなって、理解できない人が増えていけば続けられるものではありません。それでは、どのようにして理解していってもらうのかを検討してみると、お互いの人間性の理解がその根底には流れているのではないかと思います。その、お互いの理解こそが延々としたつきあいの中から生まれてくる信頼性でしょう。これもそう簡単に短時間になしあげられることではありません。こうしてみると、本当に日々をキチンと築き上げていく心こそが、大切な事になるのので、そのためにはお互いに理解し合う気持ちを大切にすることが必要なのです。しかし、最近はお互いの理解ではなく、自分を理解してもらう事がつきあいの価値観になってしまい、理解する前に好き嫌いの価値観が優先してしまっているような気がいます。こうしたことを一までも続けていると、社会は確実に破綻します。なぜなら、社会の価値観も自分に都合がいい、悪いの判断で、これからこうしたことが必要であるのかどうかという論議も出来なくなってしまいます。議論の真は何であるかを見極められる人になってもらうよう子育てをがんばってください。

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