不安定

ユーロ不安から世界の株価も不安定になってきました。特に、株の価値が非常に下落して行きつつある大変危機状況になってきたのです。世界大恐慌などと大変オーバーな言い方ですが、ひょっとするとオーバーではない状況になるかもしれません。それは、アメリカを始め先進国の政治が不安定な状況が続いているためです。当然、景気が不安定になれば政治情勢も同じ事です。そして、そこに現れてくる現象としては従来の貴軸通貨に対する大変な不安というか、パニックと言ってもいい現象が、各国で雪崩を起こしてくることです。貨幣も所詮紙に印刷した者ですから、その価値は裏付けがあるかないかで決まってきます。不安になれば、紙切れ化する前に売りに出るのは当たり前。株価も証券をいくらたくさん持っていても紙切れ化する前にお売りの行動が重なると、そこに起こるのは世界同時不況の引き金が引かれてしまうと言うことになります。

特に今回ヨーロッパがフランスなどで国家レベルの選挙があって、従来政権が現状から不安を感ずる国民の多くが新しい政権に投票していく傾向に成り、そこで起こることは将来に対しての希望と不安が交錯します。そこには政権の不安定化は避けることが出来ません。そうなると、当然政情不安が各国の国債の金利を上げるか、処理が出来なくなる状況が起こってくると、そこで恐れている、国家の倒産と言うことになりかねません。すると先のごとく、各国へ連鎖が起こり金融がパニックになると、我が国のように資源材料の少ない国は本当にお手上げになってきます。そのとき、我が国の食糧危機まで襲ってきます。

本当にすべて連鎖しているのです。しかし、現在は連鎖した考えをあまり持てない、テレビゲーム人間ばかりが社会に増えてきましたから、連鎖的はなしをすると「そんなことはないでしょう」と、危機を否定することが多いです。今までは現実に起こってこなかったことですが、期待するわけではありませんが、今回はどうも世界情勢はきな臭く、従来の基軸通貨ドルが相当な信頼を落としています。そして、中国をはじめとする東南アジアの台頭。西洋文明から、東洋文明への時代的転換がきたのかもしれません。過去の歴史をたどれば、転換期は実に世界情勢は不安定になることが多いようです。いま、そのただ中にいるのでしょうか。

注目に値したか

本日の三者会談はいったいどんな内容だったのだろうか。どちらかと言えば野次馬の私は非常に興味津々。しかし、大の大人があの時間をかけて会談して全く何の成果も得られないと言うことはないでしょうが、結果はおそらくそれに近いことではないでしょうか。正確に言えば三者ともにそれぞれの自らの目的から逸脱しないようなげんんろんに終始しているのでは無いでしょうか。あたかも相手の言ったいることを理解しているような言葉を言っています。そこに現在の政治の不毛さが見え隠れします。もっと本音で語り合えないものでしょうか。とくに、言葉の一つをとって解説者が解説しなくては内容が理解できない表現は、昔の貴族政治のごとく、大変回りくどい事になっています。幕末、尊皇攘夷の戦いで、尊皇派に薩摩がついた中に、西郷隆盛がいました。この方も最後は「これもやむなし」と、薩摩藩の城跡に露と消えたのですが、何故やむなしかと言えば、武士の位を書くhするつもりで政変を起こしたのですが、中央政府はそうはいかなくて、結果武士階級の反感を薩摩が一身に背負うことになり、その中の維新で活躍した武士層の思いを西郷は抱いて切腹して果てるわけですが、切腹まで白とは言いませんが、今回民主党の体たらくの責任はいったい誰がとるつもりでしょうか。少なくとも、マニュフェストは完全に約束違反となったじょうきょうですが、未だ政権政党として鎮座しようとしているわけです。本当に国民の期待した政権交代はいったいどうなったのか。

しかも、こうした重要法案の扱いを軽々しく野党へ呼びかけをしている情けなさ。やっていることが実に軽々の至りではないですか。あげく、党を代表するような方が責任の取り方も分からないのか、個利個略に皆さんが走っておられる始末です。いっぱい責任をとらなければならない問題があるにもかかわらず、無責任きわまりない現状は過去の政治には全く見えなかった、パホーマンス政治に成り下がっています。しかし、野党もそんなにたいしたことはありません。ここは国民のしっかりした目で来たるべき選挙を迎えるように考えないと、東北はじめ多くの我が国の国民が何もしてくれない我が国の中でうろうろするのみになるのではないでしょうか。

再び政変か

ここのところの政変劇に常に関与していた小沢一郎。明日民主党三者会談を行うと言うことですが、全くの意見の違いのある首相との会談はやってどんな意味があるのでしょうか。まさにお互いに自らの立場を有利にするための会談では、国民のためというか国家のための会談であろうはずありません。全く志が小さい会談です。過去にはたくさんの国を左右した会談がありますが、たとえば、西郷と勝会談で江戸を火の海から救ったこと。会談ではないですが、謙信と信玄の川中島での面会以降、両家の運命が決して行く事実など、人との出会いがこれほど多くの人を救ったり、歴史を動かしてきたのです。明日の会談はそうした値打ちがあるのでしょうか。

残念ながら全くそんなことはない会談になりそうです。特に、国会の解散権を持った首相にもの申すつもりの小沢、輿石連合と言ってもよいでしょうが、狙いは民主党の分裂回避、消費税法の採決回避、衆院解散回避しかありません。現状我が国の国家負債を考えると、今後も国債の増発は避けられませんので、消費税か何らかの増税は必要でしょうが、どのような手段を執ったらよいかすら話さされていない状況です。また、民主党のマニュフェストにある今後の我が国の社会保障と税をどのように変えていくかはっきり出来ないと、外国からも我が国の信頼度は大きく後退すると思われます。そして、小沢唯一のチルドレンの存在が衆院解散で崩壊するとあれば、まさにこちらもぢもんだい。

小沢一郎手法は、絶対的数をバックとした主張。時には、党を割ってもやぶさかではないという、全くの強引な進め方で今まできていますから、目の前で痛い目を見た自民党など恨み骨髄ではないかと思います。一方首相は、小沢と手を組んでいこうとすれば野党の反撃に遭います。当然、不信任大臣は小沢派ですから、こちらの処遇も考えなくてはいけない状況ですが、党の分裂を防ぐためには何とも出来ない状況です。しかし、野田首相はどちらかと言えば野党連携に矛先が向いている感じです。今回は、「一度は小沢さんも説得したよ」と、既定の事実を作って奥だけかもしれなせん。

まさに国民不在の政治ショー。本当にいい加減にして欲しいです。若者は政治不信になってしまっています。同時に、我が国の将来に希望を持てないつらい状況です。党利党略を離れて真剣に話し合う土俵を真剣に望みます。

理解されない想い

自分の考え方をどのように人に伝えるか。まさに、人は立場の違いだけでなかなか相手の立場を理解しようとは想わないことが多いです。もって言えば、責任を自ら持たなくて人に添加する。たとえば、電話の取り次ぎなどでは、「ただいま不在ですがご用件は」と、一言入れるなら相手は具体的な用件がないことには取り次ぎを依頼することは出来ません。そこで、人は何とか予定を聞き出し、話をつなげようとするわけですが、おそらくこうした用件にはあまり重要なことはありませんが、本人は当たってうまくいけば儲けものと思っていることでしょう。それは、相手にとって最も都合のいい立場の人間にアポイントを取ろうとするわけですから、取り次ぐ方もその辺の読みをきちんとして行く成長が欲しいです。

同じグループ活動をしていても、大きなトラブルがあると本人から逃げて、直接の責任者に問題をぶつける要領の言い方が多いです。そして、平気で仲間の文句ばかりを言っている人が最近はいかに多いことでしょう。特に、自分がこうしたことを言うことの波及効果も全く考えず、自からの欲得のみで押しつけられることは非常につらいことです。そうなるとだんだんと孤独感が増してくることは、以前大正村を創立された橋本さんからの話でいたいほど今分かりますが、もう故人となられている中大変にって遅れな事で、本当に申し訳なく存じます。

人は自分の立場がそうなったとき深い理解が出来るものですが、もうそれでは遅いです。人間は本当にたくさんのパターンを持っていますが、受け取る方としてはそのパターンが読めないのと、自らの責任を逃れたいため極力直接当人につなげて用件を済まそうとするのですが、本当に自らが用件を済ますことが出来るのでしょうか。

城山公園の草刈り

午前中はあけち町づくりフォーラム主催の城山公園としたが淵の草刈りでした。私はどちらへ行っても役に立ちませんが、運動も兼ねて城山に草刈り釜を一本借りて行きました。エンジン付きの草刈りは使えませんので、刈り残しの始末かと思いきや、皆さんは実に器用に草を刈り取って行かれ、刈り残しなどほとんど有りません。為れば、自分で範囲を決めて刈って行こうとしても、エンジン付きにはかないません。ドンドンと後を追われ、最後には邪魔になるみでした。東丸で説明板の前が刈ってないのを見つけ、やっとわが居場所を見つけたとしだの葉や、木にまいたつるなどを切って居ましたが、今度は範囲が広いため、腰が痛くなって来ました。 大正村の皆さんは,颯爽とエンジン付きの草刈り機を肩にかけて、汗をいっぱい流して仕事をやってみえます。本当に尊い姿と拝見しながら、予定よりちょっと早く失礼してきました。腕も怠いですが、本丸まで上がって行ったので、太腿も大変なことになりそうですね。

ウド旅

本日は、テレビ番組でウド旅を久しぶりに見ました。最近時間が合わず見て居ませんでしたので、いつもやっている番組ですがなぜか懐かしく思えました。ちょっとオーバーかな?本日の訪問地は愛知県長久手市。この地との付き合いは随分になります。村から名古屋近郊と云うことで、ドンドン人口が増え、愛知万博、学校の移転など多くの人口増か要因がかさなりました。藤が丘の接点から土地や賃貸料も極端に安価になる為、一時名古屋への合併申し込みを断られたことが嘘の様に元気です。 確かに若くてエネルギーを持って居て、病院も愛知医科大学があって、今では名古屋から来る人が多い状況で、そうなると飲食などがドンドン増える要因になります。特に、専門的なメニューを揃えている為、リピーターも多くなります。日本で人口減少に喘ぎ処が多いなか、実に時流に乗った地域です。 最近は名古屋に出るにも長久手経由です。勢いを感ずるところは何故か気持ち良いですから。仕事でも、お客様にこうした感じを持っていただくことが大切です。

無礼講

酒の席では職口にする言葉。ただし、目上から目下に言う言葉ですが、最近はどうも日本語の敬語もあまりうまく使えない人が多いようです。とくに、この無礼講を目下の人が自ら言ってしまって、まさに本当の無礼をはたらくひとのおおくなったこと。むかしは、「無礼講ほんとに言ったら無礼者」なんてことわざがあるくらいです。やはりその場の雰囲気をかぎ取って、空気を読みながら必要なことを言う力量が必要なのですが、のべつ幕なし(いつも)自分の言うことは正しいことだからとばかり、周囲の空気もお構いなく自己基準を述べる人は、自分では正義の味方と思い込んでいるのだろうけれども、決してそうではありません。

しかし、それならば自分の主張は出来ないのかと言えば、昔こんな話をきいたことがあります。良寛和尚は自ら実家の商売を継がず、放浪の旅に出たのですが、弟の息子が大変元気がよすぎて、弟も困って兄の良寛に一度説教をしてくれと頼みました。良寛は実家に帰り1週間くらい滞在していましたが、甥には何も言いませんでした。旅立ちの日良寛は甥を呼んでわらじのひもを結んでもらいました。甥はそのとき首筋にぽたりと冷たいものを感じ、慌てて良寛を見上げたところ、なんと良寛が何も言わないけれども泣いている姿を見ました。以降、この甥は良寛の弟の言うことを聞いて実家を繁栄させたそうです。これでめでたしですが、ここで学ぶことは、人にものを教えるときとか、説教するときなどの目線です。

どうしても高い位置から見下した言い方をしてしまいがちですが、このように本当に心にしみるような口説き方が出来るとはさすがに良寛様です。自分たちも、言わなくてはいけないことは言うのですが、本当に言葉遣いに慎重を期して、もっと言えば、態度にも慎重を期し、じっくり相手が分かったかどうか確かめながら、冷静に話をしなくてはいけないですね。しかし、すでに昔からそうした苦労を皆さんやってこられて見えますね。

穏やかな日

天気がよく、どちらかと言えば風が冷たい感じの日です。高気圧に覆われているのでしょうが、本当にうららかな日です。会社の中にいるのはもったいないくらいですが、庭の草取りなどやる気もなく、こうして時間が過ぎていくのかな。本当にもったいない。ウグイスが最近は大変うまく鳴けるようになりました。成長したのかな。こうしてのんびりしていると考えなくてはいけないことも忘れるようで、昨日の大正村業務会議などは本当に真剣に今後を考えなくてはならないのに、あまり切迫した感がありませんでした。そうした環境にいると思わず自分まで「そんなにかりかりこなくっても」と、思わず考えてしまいます。

心の余裕なのか、現実逃避なのか、自分でも分からないおもいですが、いやなことは極力言わないで済ましていこうという自分の都合のいい逃げかもしれませんが、しかし、何とかしなくてはいけない問題です。特に今後を考えると出来るだけ解決しておきたい事柄であるはずですから、自分としてもどっちとらずになるのでしょうか。

何か穏やかすぎて考えることも出来ないくらい。こうした日があってもいいのではと思うこともあるのですが、何かこうした日に限ってからだが動こうとして、気持ちとのバランスが悪くなります。「小人閑居して不善を為す」という言葉がありますが、本当に私のために作られた格言のような気がします。こうした日には思い切ってカメラでももって、日頃から自分の好きな場所へ撮影に行ってもよいかな。それとも、ウォーキング道路でも散歩して地元の歴史にでも触れますか。しかし、まだそうした気分にはなれないのは本当に貧乏性なのですね。

スカイツリー考

昨日オープンにスカイリーに上れた人はなんと幸運なんだろう。今日しか入場チケットのとれなかった人は、昨日はそう悔やまれたかもしれませんが、あに図らんや。今日は天候もよく東京から関東のパノラマがしっかり見えたことでしょう。しかし、これはすべて結果論。オープンに雨が降り、その翌日は晴れになることは神のみぞ知ることです。そこで、もし私がスカイツリーに昨日上ったとしたら、俺はなんとついていない男だと思ってしまうことでしょう。家内なら、今日上れたことがすばらしいけど、天気ならもっとすばらしかったねと云うと思います。最も家内はスカイツリーなんて行きたくないと言っていますが。

人は本当に様々な考え方をします。当然ですが、それではいったいその考え方のどれが正しいのかを判断しなくてはならない場合、言って見える人を信じるか、言って見えることを信じるか、誰かに聞くかなど方法があるわけですが、最近非常にこうした判断を迫られる事柄が日常茶飯事ですが、何故そうなってきたのかは、非常に多様化している考え方の中で、自分の判断で決定してしてしまうと自己責任を問われかねない事があるからだと思います。そのため、会議を頻繁に開いて会議で決定していますから、私の責任で茶ありませんと言いたいのでしょうか。このために、会議内容が議事録として残していかなくてはならないため、速記者の存在がどのような小さな会議でも必要不可欠になっています。

記録を残すためには、録音テープからのテープ起こし作業が必要になるのですが、これもまた大変で、担当者としては会議が頻繁になると、自分の仕事がパンクしてしまうことを心配しなくてはなりません。そのために、出来るだけ結論を急いで会議の回数を減らす。そこに、このようにコミュニケーション用具の発達した現在、全くのコミュニケーション不足現象がどこかしこに現れてきます。昔は、飲んだ勢いで何とか説得できることも多かったです。まさに大正村なんてそのものだったですが、今となると会議は踊らない。都合の悪い意見が出ると慌てて答弁して意見を消してしまう。コミュニケーションすらとれない悲惨な状況です。大正村のようにならないためにはどうしたらいいか。皆さんそれぞれに考えをきちんと持ってください。そして、行動していくのですが、行動の上に「勇気ある」をくっつけてください。いつの時も、どんなときも。

今日は

スカイツリーがオープン。政治では興石、小沢会談。一方は四方をふさがれた我が国にとって何とか明るいニュース。一方は四方をふさがれている我が国を象徴している真っ暗いニュースではないかと思います。我が国で万博があったときなど、人は列をなして入場を待っていました。そうした催しがあちらこちらでいっぱい開催され、国民もそうした中で元気に、そして、将来に夢を持って生活を出来た時代。あの頃はよかったと今更ながらに思える我が国の本当によき時代。今はどうでしょうか。同じ党の中で直接話が出来ない人が存在して、人を介して話をしている状況は本当に異常としか思えません。しかも、党で決めた政策に賛成反対などと、国民から見れば何を言っているのかと思えるような事です。

我々の世界でも折り合いと言うことは多々ありますし、得意不得意な人間もたくさんお見えになります。しかし、得意不得意や、好き嫌いで国の大切な政策が論議されていては、国民は本当に吹こう極まりありません。特にこうした国の存亡がかかっいる時期だけに、余計にそうし思いが強いです。国民のためにと云うプラットホームにたてば、我が志を捨ててもまず話し合いの土俵に乗ることは、当たり前なことではないでしょうか。そのとき、右へ行くこと左に進むことなどそれほど大きな問題ではなく、あえて国民の抱えている現在をいかに解決するのかどうかが非常に大切になると考えます。そうした問題の真の論議が出来ずに、自分の身に都合のよいことばかりをチョロチョロ並べ、さも自分が正当だなどと徒党を組んでいる我が国の政治状況には、せっかく完成したスカイツリーも天から泣いているのではないでしょうか。

 

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