無理

観光バスが運転手の居眠りからとんでもない事故を起こしてしまった。本当に事故に遭われた方は全くお気の毒としかいい様子がありません。最近バスツアーは本当によく採算が合うというくらい低価格でお客争奪をしています。当然のことながら、そこには乾いたぞうきんを絞る以上な合理化努力がされていることでしょうから、運転手の乗車勤務についても相当な無理があることは、最近の事故からでも言われていることでした。バスツアーのみならず、いたいけな小学生や妊婦を犠牲にした事故も連続して起こっています。これは我が国が心の緊張なしに車を運転するという結果だと思われます。

バスツアーにしても、京都の祇園の事故にしても、経営者の合理性が見え隠れしていますが、企業経営者としては利益の追求は当たり前のことですか、いったんそこで事故が起こると大変なことになってくるわけで、やはり無理を重ねることを避けた方がいいのではと。昔から急がば回れということわざがあります。大変勇気のいることなのですが、無理を重ねるところでも、仕事をしていると言うことに対する見極めが必要になってきます。仕事が終わって後のプライベートの過ごし方など、経営者には口を出せない点もあります。また、一生懸命仕事をしていると言われても、もう少し何とかならないかと言いたい部分もあります。

このように、あい対した立場でほとんど話し合いの出来ないことが最も怖い。たとえば、業務命令と言われば反抗できないことが多いです。しかし、反抗と言うより意見の交換の出来る雰囲気を作り上げておくことが、経営者の大きな役割かもしれません。なぜなら、現場は担当者が一番よく知っているからです。いずれにしても、今回の事故に遭われた方には本当に言葉すらありません。

おんさい祭スタッフ会議

昨日おんさい祭りスタッフ会議には参加者が本当に少なかったので、愕然としてしまいましたが、よく話をきたら開催案内に出来たら参加くださいと言う文章だったらしいです。残念ながらそれではスタッフは集まってくれないなと思いながら会議に臨みました。内容は非常にしっかりした下準備がされていましたが、何にしてもスタッフgも得ていないお祭りが果たして盛り上がるかどうか。

今回新しい試みとしてお祭りの外注化を図り、極力大正村のスタッフへの労力提供を軽減してきました。大正村も見渡せば活動に参加くださる皆様は高齢の方が多くなり、最後の片付けなどはほとんど人がお見えにならない中で片付けをしています。そうしたことを避けるという意味からも、今回のような手法をとりましたが、どうしてもこの時期はヌース業時期と重なります。併せて、活動されている方の多くが農作業を抱えて見える方が多い。ということは、町中の方より外周部の皆さんが多い大正村と言うことになると思います。こうしたイベントはやっていただければ恩恵をこうむれるよう自分たちも努力することが大切ですが、あるところはお店にカーテンを引いてしまって、お休みされるところもある状況。それは、お店が高齢の方の運営になっていると言うことなのでしょう。

高齢の方が悪いわけではなく、はたまた、若い活躍しない人がwる岩家でもない。いったいどうしたらこうした現象から脱却できるのかを考えると、まさに今の日本を垣間見えるような気がします。社会保障などに将来がなく、政治も、経済も目の先真っ暗な中で若い人にがんばれと言うことは酷です。かといってそれではこの国情を脱却するにはどうしたらいいのか。今、一番必要なことは日本にとってきちんとした政治をなし得るリーダーの輩出です。企業や家庭でもそうですが、きちんとした方向を決めてそれに向けてみんなが歩めるように支えていく。そんな陰ながら動いていく人がいませんかね。

ゴールデンウィークの始まり

本日朝は小雨が降っていましたが、昼頃から絶好のいい天気になってきましたた。明日からは長い人は9連休のゴールデンウィークに突入しますが、こちらは期間中のイベントのためいつもゴールデンウィークはこの数十年とったことがありません。これも好きでやっていると言われればその通りと言うことになりますが、こうしたイベントもいささかマンネリ化が進んできましたので、燃えるものがどうしてもありません。主催者がこうしたことなので、当然お越しになる方々も以前のようなエネルギーを感ぜられないと思うのですが、今年は、駅前プラザに大正村広場と目玉が竣工できましたので、少なくとも例年よりは迫力が出るようになるのではないかと思われます。

人がいっぱい来てくださることがよいことではなく、お越しいただいた方、主催する方みんな楽しめなくては意味がありません。そのためには主催者もきちんとしたポリシーを持たなければいけないのですが、畢竟結果に目が移ってしまいます。大正村の大切なところは歴史を伝えること。今回は相沢先生のお話を5月2日午後6時30分からお伺いできることになりました。大正8年のお生まれで、激動の昭和、平成史を日本の政治の中枢で生きてこられました。大変楽しみです。参加は自由ですからよかったら拝聴に来てください。

小沢無罪

小沢一郎に無罪判決が出た。予測はされていたことでしたが、この1週間くらい政治などはほとんどお休み状態でこの判決を待っていたとしか見えないくらいでした。経過からある程度無罪は予測されていまましたが、実際確定はまだしていないですが、民主党内部は大変なことになるであろうと思います。民主党どころか自民党も分裂民主との大連合に果たして発展するのか。それとも、政界再編成になるのか。政治の先は本当に混沌としてきた感があります。今後の道はいくつか考えられるのですが、我々はまだ本当に優雅な暮らしを当たり前と思い込んでいて、惜しげもなく古い知恵をほかって、最先端の生き方と思ってしまっていますが、心のすきま風を感ずるのは何故でしょうか。人間の欲がだんだん強くなりというか欲深くなっていき「我ただ満足を知る」がだんだんで出来無くなっているのでしょうが、そうした人間が集まって、組織を作っても、それは結果私欲の集団になり、個々は決して大局を見ない最後は自己利益の追求集団で、追求のために利用できる人間を飾りにしていぅっているような気がしてなりません。そして、今回皆さんに利用されているような顔をして結構自らを肥やしている政界のドンが、無罪判決を受けたということですが、4億もの金の動きをほとんど自ら知らなかったと言い通す人もあれば、私のように明日の食事代にも事欠く人間もいることが、今回本当によくわかります。私は何でこうなんだろうとひがんでしまいます。

ゴールデンウィーク

例年大正村ではこの期間に「おんさい祭り」を開催します。元々は大正村が非常に上げ潮の頃儲かった利益の還元ということで、大正村がお金を出して、町中を通行止めしてタイムスリップさせようと考え、そこで皆さんに楽しんでいただこうと企画したわけです。そこには、大道芸、紙芝居、コマ回し、竹とんぼ作り、絵付けなど、昔懐かしいイベントを繰り広げてきました。最初の頃は町中を通行止めすることに住民の抵抗があり、徹底した便宜を図るよう気を配っていましたが、残念ながら今ではお互いに慣れっこになったのか、結構いい加減な対応ですんでいっていますが、本当にこれでよいのかと反省していますが、結局直前になると手抜き対応になります。我が家でもおんさい祭り会場ど真ん中ですので、よく娘たちには文句を言われていますが、家内は仕方ないのか協力をしてくれています。

このように、大正村も隆盛の頃は確かに文句もたくさんあったのですが、みんなでやっていこうという気概がありありと見えていました。そこにふるさとを活性化しようとする気持ちが前に出て、訪れていただいたお客様も一緒にやっていこうと、友達以上の関係がリピーターを呼び込んでいくことになりましたが、現在では本当にごく一部の人たちの活動としか見てもらえないのは、活力が失われているためではないでしょうか。と、私は勝手に自分で思いながら、ほとんどそのことを理解していない状況です。

それではどのように改革するのかとなると、腰が引けているのです。なぜ、日本がこうした国になったのかは議論が様々あるでしょうが、確実なことは今日本は何とかしなくてはいけない状況にあるということです。何を何とかするのか。どの順番で何とか知っていくのか。こうした議論すらできない国になってしまったのでしょうか。過去を振りかえると、日本もいくつもの大きな苦難を乗り越えてきています。どのようにしてきたのか一度学ぶことが大切です。

いま、日本がまさにこの状況ではないでしょうか。確かに民主党は消費税について国運をかけるといっていますが、納める国民は

組織の中核

恐ろしいくらいこの世にはたくさんの組織が存在します。この組織も生まれたときの初心を継続させている組織はいったいどのくらいあるのでしょうか。組織は世代が交代すれば、そこにはすでに初心と異なる組織が存在するのではないでしょうか。組織を維持させようとして初心が変わっていくこともあります。トップの人間性で組織自体の考えが変わることもあります。初心を貫くには、初心が説明できなければまさに維持などはできなくなりますが、そうした様々な考え方に逆に組織が振り回されることがありませんか。自分が組織に所属したときの初心を何度も振り返ることが必要ではないでしょうか。じっと胸に手を当てて。

一日のうちわずかでもそうした時間がとれる生活を送りたいものですが、生活の中に不安があればあるほど体を使って、あたかも自分は仕事をやってると思い込んでいる人が多いのではないでしょうか。不謹慎ですが、震災の時人は意味も無く歩いているということです。全くの目的もなく、放心状態でただ本当に歩いている姿を、阪神大震災の時のビデオで見たことがあります。恐ろしく無表情なことが記憶に残っていますが、現在起こったことが理解できないのでしょうか。

組織も中核にいる人がそうした意味で理解できず、本当に自分の考えもなく動いてしまっていると、恐ろしいことが起きてきます。まさに、組織の蛇行です。そうした人を捕まえて自分の都合のいいように組織を動かそうとする、どこかの占い師みたいな人も世の中には出てきますから、本当にやっかいです。何はともあれ、自らの志をきちんと追い続けられる自分でありたいですね。

土日は雨

昨日は天気は曇り。今日は昼頃から雨。特に強い低気圧の通過が南からの強風を呼び込むとのことで、観光地にとっては連休前の大切な土日がここのところずっと雨にたたられています。自然のことですから甘受せざるを得ません。井上靖先生の小説「孔子」の出始めは、際か雨に遭った孔子一行が軒先を借りてじっと雨の通り過ぎるのを待っている情景から始まります。そこでも孔子は自然の生業はいかんともしがたいと述べています。ことほどに自然のなせる技だから仕方がないとばかりもいっていられないのが観光地の常です。ならば、雨に負けない何かを考えなくては、雨に降られたらどこの観光地もやっていけなくなってしまいます。つまりは、自分たちのところをいかに魅力的にするのかという付加を考えることができるのかでしょうから、日頃からそうした意識を持って考えることができているかどうかと、個人だけでなく少なくとも組織であれば何人かがそうした意識の共有ができるよう、リーダーは指導しているかどうか。考えが無ければ決して行動には移れません。講堂に移れれば、そこから次々発想は生まれてくるものでしょう。しかし、発想を生むという感性を持っていないと、継続性はなくなるものですから、継続するためには発想することが楽しみになるようにしなくてはなりません。まさに、「好きこそもののたとえなり」なのでしょうか。

珍しくもない大臣不信任可決

何度同じことをやれば気が済むのでしょうか。議員の皆さん方は自分のコストパーフォマンスを計算したことがおありでしょうか。改めて日本の置かれている立場を国の運営を任されている国会議員として、しっかり胸に手を当てて考えてみてください。まさに自党の有利になる駆け引きばかりの繰り返し。しかし、こうしたことは我々の世界でもありとあらゆるところでいっぱいあると思います。しかし、我々は国の税金で食わせてもらっていいるわけではなく、仕事をしなければ収入は激減する立場にある身ですが、国会の先生はとんでもない、国にとって本当によい政治を行っていただくために、きちんと収入は保護されていることを再認識してもらいたいです。

どうじに、時の総理大臣が不信任に耳を貸さず、通過しても不信任すら政争の具にして、任命責任などどこ吹く風。これでは議会制民主主義の根底は大いに揺らぐことは当たり前で、こうした日本の最高府でのやりとりを見ている若者に、今後の我が国における希望を持ちなさいといくらいっても持てるわけはありません。議会でのことは当然議会で話し合いを進めることが必要ですが、民主党はそれする気もない体たらくです。そして、増税ばかりですが、この主張もどうも先進国会議の中で日本がギリシャに次ぐ破綻候補として危惧されているようで、増税、特に消費税を他の国はターゲットにしてきているのではないでしょうか。

考えれば日本は国債立国です。あるとき突然国債の未消化が起き、当然金利の高騰が起きてくる。まさに現在のギリシャです。そうしたことを我が国のどこが防いでいるんでしょうか。まったく無責任そのものの政治家が国会で自党のことばかり考えた政治といえない国会です。人間恥を知らなければ、問責決議されても政党戦略のためにいつまでも野ざらしになっていることもできるのでしょうか。

遠山桜

昨日遠山桜は満開でした。青空の下で大変美しい花を今年もつけていましたので、今日は写真を撮るぞと張り切っていきましたが、もう今日は花びらが散り始めで、重ねて曇り空。本当にすばらしいチャンスを逃してしまいました。写真は被写体の条件が整わない限り、どのようなシャッターチャンスもありませんから、じっとそのときを待つ気長い勝負になります。条件があったらまさに達成感という自己満足ですが、すばらしい感覚に浸ることができます。まして、他人から認められでもすれば、苦労も一気に吹っ飛ぶことでしょうが、なかなかそうした機会に恵まれないのも事実です。恵まれないというより、そのときがくるまで忍耐できるかどうかではないでしょうか。

いくらじっと待っていても、自然の摂理が本人の思うとおりになっていかないこともあります。そこには、自然条件などの学びも必要になり、その条件に合わせたシャッタースピードや露出など技術的な条件も加わってきますから、実に写真コンテストなどに出品される作品などは、我が子を出品するような気持ちなのかもしれません。見ている方は意外とそうしたことより、ピントがどうとか、構図がどうとかの技術的なところへ目がいってしまいがちですが、自らも写真をやって見える方は、作品の苦労を十分知って評価されるのでしょうが。

本日も見て感動した感覚は一枚もとれていません。自分では歯がゆく思うのですが、やはりこれは腕以外の何者でもありません。相当デジタルも素人でもうまくとれるようにしてくれていますが、根本は本人が決めることですから、大変に難しさが伴います。

無理をして

防衛庁長官、国交大臣野田政権で再び小沢グループから選ばれた方に大臣不信任が突きつけられるとのこと。国民から見ていると何と馬鹿らしい事でしょうかと思わざるを得ない、あの派閥は人材が居ないのかと思わざるを得ない状況です。あの派閥はただ数の論理で小沢派に属しているだけなのでしょうか?国民は今そうした政争を望んでいません。ある意味、消費税についても必要とあらば認めてもいいとまで言っています。特に、復興資金と云う事であればなおさらのこと。

しかし、政権与党ですらこうした方針に全く耳を貸さない分裂状態。特に今回、大臣不信任が参議院で可決されると云う事になれば、大臣の辞任と、適材人事が出来ない場合、最後の手段は国会の解散をせざるを得なくなることは誰もが解っていると思います。今解散したら、民主も自民も過半数はとれない。連立与党をくむ他ない状況が予想されますが、こうした状況下で一体こんな事をしていて我が国の将来はあるのでしょうか。

人口は減少し、高齢者は増えていき、20才以下の人口は全人口の20%をきる状態で、本当に我が国は「がんばろう日本!」が本気なのかどうか。北朝鮮の大陸間弾道弾らしきミサイルの打ち上げに際してすら、まともなチームワークがくめない状況の民主党です。♫無理して飲んじゃいけないと♫という今話題の小林幸子の歌にあるように、もう数のような力で押し通す時代は終わりを告げています。資本主義も大きくその姿を変えてきました。情報が一杯あふれて、以前のように権力者が持って居る有る方向性の決まった情報で人は動いてくれません。逆にそうした事を頼っているといつの日か自分たちの存在は無くなってします時代です。

そうした時代を生きるためにはきちんと勉強もし、自らの考え方を確立していく事が必要なのですが、どうしても人は簡単な方向に逃げようとしていきます。自分が楽をして大きな効果を得ようなんてとんでもない時代になっていることを肝に銘じ、どんな立場にあろうと一生懸命生きていく時代が来ています。

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