もう2月!

日にちが過ぎるのが本当に早いこの頃。今回再びインフルエンザで発熱してはや1週間がたってしまいました。スケジュールがもう明日から2月になります。なかなか熱が下がらないのでイライラしながらの1週間ですが、過ぎてしまえばあっという間の出来事です。動けない間をどのように考えるのかは見解の分かれるところですが、人によれば神の与えた休息とか。寝ている本人はとてもそんな心境にはなれませんが。

今回、熱の性なのか両足のふくらはぎが居お様な痛みに襲われ、階段の下降など不可能に近い状態でした。そうした面からも動きがとれないイライラは募る一方。そして、長年準備してきた国体の開催が重なり、まさ気持はブルー一色。そうした中で、当たり前の事ですが2月が反ってフレッシュに訪れてくれたような気もします。

雪で困った

南国からお客様がお見えになるけれど、天気を見るとどうしようかと考えてしまいます。予報では岐阜県は15センチくらい降るのではと云う事です。この予報ほどやっかいなものはありません。なぜなら、降っても降らなくてもあくまでも予報ですから、「以降の判断は各自で行ってくださいよ」と、いうことでしょう。世のなかに良くある話です。まさに責任逃れをあらかじめ考えた結果でしょうが。

例えば、お客様に情報を与えておいて、お客様が本気で乗ってきたら「それはあなたが結論を出してください」のような、お客様からみれば「一体何のことでしょうか」的な、あたかもお客様の結論を大切にしているようで、最後は突き放しています。そこには、具体的な提案が必要になるでしょう。例えば、金額的に考えればこうした方がお得でしょうし、性能的に考えればこちらの方がお薦め出来ますなど、きちんと具体的な形としての提案をすべきではないでしょうか。それが親切と云う事になって行くのではないでしょうか。

天気予報も自然界相手のことですから、断定は出来ません。地震など今回4年のカンに70%の発生率だと予告が出ました。どのくらいの人がそれを信じて行動に移しているか解りませんが、こうしたこともあくまで自分がどれほど信じて、そうした行動に移すかと云う事でしょう。しかし、例えば交通事故に遭遇する確率などと比較しても、今回の地震発生率は相当確率的に高いそうです。どうしたものか自分で責任有る結論を出す必要があると思います。

基本がきちんとしていれば

なにをするにしても基本がしっかりしていることが大切なのですが、時と状況によってその基本が揺らいでしまうことが多いです。そうなると同じ例えば組織の中にいる人は、うろたえざるを得なくなってきます。人間的に信頼している人同士ですら、そうした事が起こると、オヤッと一瞬でも思わざるを得なくなります。そうした事が繰り返し起きてくると一瞬のオヤッではなく、人間の不信感が拡大していきます。ほんの小さな事から、言ってみればまさに「蟻の一穴」で有りましょうが、それは人間がお互いに知恵を持ちすぎたために起こる事。動物などは、理屈抜きで必死に「生きる」「子孫の保存」というまさに基本で必死に生きていこうとしているのです。そうした必死な姿に人間は感動を覚えてきたわけですが、最近は何かそうした事は馬鹿らしい位に視か思わない人が沢山存在してきました。感動を知らない人たち。本当にそうした人は今なにが幸せなのかと思います。

物質欲が沢山の幸せをこわしています。そして、本来人間も生きると云う事にもっと必死にならなくてはならないのですが、生きると云う事は権利で当たり前と勘違いして、その反動が、生きた行く中に自分が気に入らないことがあると、権利の侵害とか言っている「ひと」がいかにおおくなったのでしょう。自分が生きると云う事は自分が自分に責任を持つことです。そこを勘違いしている人が如何に多いか。権利の主張をするのであれば、義務の履行をきちんとして欲しい。そんな気がするこの頃です。

イベントのブッキング

なんとしても避けたかったこと。それはイベントのブッキングでしたが、本日は残念ながらそのことが起きてしまいました。大変狭い地域でイベントをするのでどうしても活動する人は限られてきます。当然、イベントへ参加される人脈も重なって来ると云う事になりがちです。その為に、地域のイベントカレンダーを作成していますが、今回カレンダーの効果はありませんでした。こうしたスケジュールが重なった責任を、組織間でお互いに問いかけるようになると、今後の活動の中にひびが入ることになりかねません。何とかそうした現象だけは避けなければと思っていますが、こうしたことは至る所で場外乱闘が起きてしまいます。「人の口にとは立たない」と、昔の言葉にありますがまさにその通り。一番ありがたいのはこうした問題に知ったかぶりをして口を挟まないようにしてもらう良識を持ってもらいたいですが、その反対が多く見受けられ、まさに「油に火を注ぐ事」になり、結果、「対岸の火事はおもしろい」的、野次馬までが騒ぎ出す事になって来ます。これも活性化なのでしょうか。

組織の責任

家庭の責任、企業の責任、任意活動団体の責任など最近そしきにおける責任のあり方が何か曖昧になっているのではないでしょうか。そもそも、責任の取り方が最近本当にいい加減になって居るのは、まさに法的な責任を負わないようにしようとする潔さがない態度であり、組織全体もそうした責任を負わせないように仕組んでいる悪あがきであると思います。組織自体の求心力があればまだしも、責任逃れをまず最初に考えるような小粒な人間の集まる組織は、組織としての力を発揮出来ないと思います。

組織を成しているのは個人です。その個人が同じような目的を持って集まり、目的の達成のために何をしたら良いのかと云う事で個人がそれぞれ動き出す。いわば個人の集合体を如何に組織力として活かすことが出来るのかと言うのが組織のトップであり、人間的にもそうした人には人望が兼ね備わっていなくてはなりませんが、最近はトップと言ってもそしきに都合の良い能力の持ち主が選ばれることが多いようで、そうした人たちは自らの地位の保全で、組織内に対してのパホーマンスが多く見られがちです。

こうした組織に属する人は非常に不幸です。人間社会と同じく人は互いに切磋琢磨して生きていくものですから、組織内で偽の融和などで運営のみ考え手ばかり居ると、その組織は内向きな閉鎖的なものとなりやすく、外部から見ても全くの魅力のないような事になりがちです。そうすると組織内の人間は単にそこで満足してしまうのか、堕落していくのかどちらかで、決して人間的に伸びると云う事はありません。

コミュニケーション

3月11日東日本大災害の話題も少し下火になってしまいましたが、1月17日阪神神戸大震災追悼の日がやってきました。大変印象深いことは、神戸の皆さんが自らの追悼のみならず東北の皆さんのことを思って、祈りを捧げて見える姿が見受けられたことです。そして、そこには大震災という一つの共通した被災者の立場と、力強くそこから立ち上がった雄々しい姿がありました。同時に、自分たちの経験を活かした非常に力強い支援、アドバイスが今でも東北の皆さんを励ましているということは、体験というなににも替えがたい言わずもがななコミュニケーションがそこにはあるのです。

人に理解をしてもらうとき、肩書きや、上から目線でものを言っても、人は本当には動いてくれません。日頃からの同じ目の高さのコミュニケーションがそこには必要になってきます。なぜならば、人という同じ立場を忘れてしまった人間は、年齢や、肩書きなどを笠に着てどうしてもものを言わなければならない、常日頃の努力を忘れた人間が如何に多い事か。

今回、はじめて神戸の人たちは東北へ自分たちの体験を伝えるよう努力されてきました。そして、東北の方達はその話が親身になって聞くことが出来たと思います。まさに、絆という以心伝心がそこに媒介している。では何故、日頃からのそうした行動が大切かとといえば、「大きな努力で小さな効果」を如何にきちんと求めて生きているのか。我々は戦後アメリカナイズされた中に、「小さな努力で大きな効果」を得ることが正解のように思われてきました。そうではない。日本人はコツコツ積み上げていく事が美徳な国民性なのです。国民全体がそうした事に一度真っ正面から心を向き合わせることが必要です。

耐震化

本日は進行事務所の建物についてのあり方委員会があり、様々な意見が交換されました。明智振興事務所は昭和32年に建設した建物があるようで、耐震化率は0,22という低さです。(ちなみに耐震化率は0,6以上が望ましい)こうした状況下で地域の要である振興事務所を放置しておくわけにはいけないと云う事で、市役所としては地域の意見を幅広く聞いて欲しいと云う事ではないでしょうか。その理由は、地域のシンボル的存在である元役場(現振興事務所)を取り壊すことについて、住民から反対が出ないものかどうかを市役所幹部は特に配意されています。合併のくすぶりがこうしたところに火種を残しているのではないかと思います。

意見として出てきました。合併協議のなかで振興事務所の職員配置は減らすことはないとの約束があり、建物をこじんまりしていくと云う事は人員の減少を認めることではないかとか、地域の活性化にマイナスになるのではないかとか。私から見れば時代錯誤も良いところの意見ですが、しかし、意見は聞いていかなければなりません。合併はすでに7年を経過しています。今更合併協議の中での約束事と言っても、その間に時代はドンドン進んで、合併当時から見ても時代は変化して来ています。

今回の耐震化について、耐震でない建物を取り壊し、ランニングコストの安価な建物に切り替える事の方が後世へのつけを残さない事になると強く感じます。合併で地域力が落ちていって居るという論理は、地域活性化は合併しても「そこに住んでいる人間の気力」が有れば、逆に危機意識から地域活性は可能になってくると考えるところです。ピンチをチャンスにしたいですね。

やる気をそぐ

豚もおだてりゃ木にのぼる!の例えがありますが、人に動いてもらうことは実に大変なことです。しかも、常に考え方をぶれないようにしていることが大切なので、人からの意見で朝令暮改となっては、着いてきてもらう人に大変な迷惑をかけることになります。かといって、人の言うことに一切耳を傾けないのもこれまた大きな問題になってきます。最も大切なことは、聞く耳を持ちなが自分の考えをきちんと持ち続けることでしょうが、そこで、自分の考えのみが正しい事だと思い込んでしまうことは絶対避けるべき事であると思います。

自らの考えを判断基準に置く人は、心に余裕のない人です。こうした人と人がぶつかるとなにが起きるか。まさにガチンコ勝負ではないですが、お互いに大きなけがを招きやすいです。そこで、どうしたら良いのかを考える事が人生であるかもしれません。良くあります。自分がこう思っているからその考えを他人に言って、それが正義と思っている人。相手の立場を考えずそうした事を繰り返す人は、逆に周りから見れば可哀想に孤立化してしまいます。やはり、寛容な精神がそこには必要になるのではないでしょうか。

人は社会の中で生きていきます。そうした中で、多くの友を得ながら自らも成長させてもらえます。少しでも自らの器が大きければきっとその器には沢山の友が入ってくれるでしょう。まさに、自分がそうした中で常にやる気を持って動けるためには、少しでも周りのためにをモットーにして活動したいものです。

三好学博士生誕150周年

岩村町出身の三好学博士http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%A5%BD%E5%AD%A6は日本の植物学の草分け的存在。今回岩村町が同博士の生誕150周年記念事業として1月15日恵那文化センターで、本当に身の丈ではありましたが、地元の皆さんのそれぞれの工夫を集めたイベントに参加させて頂きました。とことん隅々まで手作りで、本当にほんわかとしたすばらしい作り。演奏のお礼に地元の方が花束を持って見えましたが、なんと相当高齢な男性4名。しかし、毎年地域のイベントでご縁のある方々らしく、見ている私は思わずホロリ・・・。そして、最後にカプセルに子供達がかいた花の絵のカンバッチとおみくじが入っていました。これもすばらしい心のこもったプレゼントで、お礼の真心がこもっていると思いました。

みんなが力を合わせてイベントを成しあげる。本当にすばらしいことですし、イベントの効果とは参加人数とか、イベントのその時の効果を狙って中身よりも派手さを求めてしまいがちです。今回は徹底して次へのの展開を考えた、言ってみれば「布石」の様な気がしますが、しかし、第一回目であのように主催者ががっちり固まったと云う事はすばらしいことで、参加された方々が皆さん一生懸命自分の持ち場をこなして見えました。

当地のイベントも今後は真剣にこうした事を考えながら進まないと、一発イベントで終わってしまうと思います。イベントの中に自分たちの主張をきちんと入れて、参加した人も自ら楽しめ、それなりにがんばった人に評価されるような継続性のあることが必要なのだと強く思います。同時に、地域の先人を学ぶ機会を子供たちに与えることも大切なことも強く思います。先人の顕彰はとりもなおさず地域の歴史を学んでもらえる事になる訳です。大正村の今後に非常に参考になったイベントでした。岩村の皆さん本当にご苦労様でした。

大正百年記念館

エッ!驚くことしきり・・・・・。

各界からの寄付を募って当地域のどこかに展示、収蔵を兼ねた百年記念館を作りたいと突然の話がありました。地元の身の丈に合った大正村活動がいつの間にか背伸びに背伸びを重ねて行って居ます。寄付金の目標は1億5千万とか。この厳しい状況で果たして寄付が集まるのだろうか。又、建物と云う事は建設以後の維持費などはどのように捻出していくのだろうか。一切が決まっていずに建物の話が先行してしまった今回、果たして地元にとってお荷物にならないような建築物が出来るのだろうか。

心配を重ねれば切はありませんが、しかし、すでに状況を聞いていると、地元以外は私達が始めて目にする趣意書で寄付のお願いに動いている様子です。周りがそうであれば、本家はなにも文句を言わずに動かざるを得ないような既定の事実。こうした事業は途中腰を折れません。なにがなんでも続けていって目標額に達するようにがんばることしかないのです。大正時代の検証と歴史の保存。そして後世に体験して伝えられる当地の役割の重さが益々重なってきます。分散しないようくわばらくわばら・・。

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