この1年

大正百年に明けて、東日本大震災に見舞われ、イベントの意味を考えさせられ、しかし、5月のおんさい祭りからイベントを復活した。若い人が本当に活躍してくれた意味の深いイベントで、ここでもイベントのあり方をじっくり考える事が出来た。大正改元祭も本意ではないけれども若い人たちががんばってくれてひとまず終わることが出来、秋は地域の人たちが中心となってイベントを進めてくれました。

人の絆を本当に問われたこの一年でした。イベントをやるとき、人の絆がないのでは何にもなりませんが、まさに従来型のイベントはそうした一発型で終わっていたのでしょうか。若い人に参加してもらうために様々な手段を考えてきましたが、どうしても最後はいつもやらなければならない事業の参加が、組織の後世を決めてしまい本当に保守型となっていく。何とかこうした形を改善するために変化をしなくてはとアクションを起こしては、常に時間切れとなっていく大正村。地域にとってこの組織は必要なのだろうか。

変化を起こさなくてはならないのは、どんな組織でもそうです。例えば掃除に学ぶ会で、掃除の仕方に工夫がなかったら、今の魅力は半減することでしょう。魅力が半減すると云う事は参加してくださる人も減ると云う事。何かの魅力を常にたたえて参加して頂く人をお迎え出来る事が大切です。企業でも、家庭でも人が寄ってくるところにはそうした魅力が有ると思います。そして、活力が生まれてきます。そうした組織の中の一員として来年は活躍したいです。

新しい年を迎える意味

気持も新たに新年を迎えて。日本人はこうして日々新たに生活を気づいてきましたが、最近はこのような日々新たな希望がなくなっています。その影響は少子化に現れています。将来夢がないことには結婚や子作りなんてするはずがありません。将来が閉塞しているから、最近は高潔であるべき人が性犯罪など起こしています。まさに日本人のモラルが地に落ちた風でしょうが、本当にこれでは多難な将来を日本がすごせるかどうか不安になります。

第1に様々な批判はされる人が多いですが、自らその行動をされない人が多い気がします。そうなれば、口先三寸のたとえのごとく、なにも行動しないから良くならない。こうした社会になってしまいませんか。何かする勇気を一人一人が持つことが大切ではないでしょうか。本日民主党を離党した方々はそうした点では良くやったと言いたいですが、何故今頃の念はぬぐえませんが、何か小沢のにおいがしてきます。あの9人は本当に可哀想です。このまま民主党にいても次の選挙では当選の見込みはありませんが、ここで新党を立ち上げて波に乗るつもりでしょうか。それとも、民主党の分裂なのでしょうか。何か本当に我が国はますます困ったことになりますね。

今日は本当のホワイトクリスマスとなりました。しかし、我が家ではのんびりロマンチックムードには浸っておれません。名古屋へ帰る娘が2人と通勤の娘が1人足の確保をしなくてはならないのですが、通勤はスタッドレスを履いて準備していますので、途中安全運転してくれれば問題はないですが、残り二人の内車で名古屋に帰ろうとしている娘が、タイヤはノーマルです。これは大変と様々な手段を考えていたら、結局出張先から名古屋まで帰ってくる旦那が、瑞浪まで迎えに来ると云う事で、家内が4WDスタッドレスで送っていきました。残るはひとり。こちらはバスで瑞浪へ出ると云う事で中央線の運行をネットで確認しました。雪が降らなければ何でもない3連休ですが、一度見舞われると陸の孤島化します。

如何に普段の便利さになれているのか気づかされる訳ですが、逆に、タイヤを替えていない人にとって明日の行動は大変でしょうから、今日の内にタイヤ交換などで折角の休みも右往左往ですが、日頃からの準備を問われる場面でもあります。けちな私はあまりは約スタッドレスにしてもなど思うところもありますので、一概に日頃からと言えないところもあるんですが。こういうタイプは自分がスタッドレスに替えて、すぐ雪が降ると内心「やった!」タイプでしょうが、自然は思ったようにはなりませんから、やはり日頃からの用意をきちんとしておくことが良いのではないでしょうか。

天気予報などで寒気が入り込んでいると言って居ましたが、本当によく降る雪です。歌にあります。遠い国から落ちてきた・・・なんて思っていると、幻想的な感じがしますが、しかし、日頃を思ってみると水のありがたさを忘れ大変難物ですね。

今と未来

今しっかりしたことをしておくと、未来は比較的希望が持てるようになると思いますが、その今をないがしろにしていくと当然過去も未来も希望が持てないことになります。しかし、今ばかりにこだわりすぎても、未来が開けないので、ある程度今を犠牲にしても将来に先行投資的なことが出来るのかどうか。これは本当に様々な考え方があるのですが、そこにはきちんとしたコンセプトが必要になります。つまりは皆さんで共有する「想い」かもしれません。

坂の上の雲の後書きにある「いちだの雲(ひとかたまりの)」のように、日本は明治後期には一途に世界の強国と肩を並べるように我が国は動いてきました。そこにあるのは「国のため」というコンセプトが、個人の犠牲を強いても当たり前のように人は生きてきました。日露戦争の203高地奪還などいかほどの票問い人命が失われたか。しかし、今は個人の価値観は非常に多岐にわたっています。そうしたトレンドをかぎ分ける嗅覚が年とともに鈍っていきます。そこに若者が入ってこれないバリアを築いている殊を気づかない悲劇が生まれることもあります。

風向き

寒気の流入が始まりました。東北北陸地方の雪も、伊吹山を越える風向きとなると名古屋の平地にも積雪があり、もう少し西に向くと三重県の四日市とかに降雪があるそうです。息吹とか御在所など2000メートル級の山でも気象に大きな影響を与えてきます。この地域は恵那山が有るために大変な多雨地帯になる様で、その為に製紙などが盛んになったようです。地域の特徴は何度も言うようですが、地域の特産品を作り出してきました。最近そうした特産品に目を向けることが少なくなったと思いませんか。

それは宅急便の発達が地域性を薄めているような気もします。どこに居ても特産品が手に入る時代になったからでしょうか。最近広告で蟹を盛んに販売しています。これも荒れた海に命がけで出漁して得た自然の宝です。ふぐなども生産地は愛知県が多いと聞きますが、下関が売れていますから、あちらに送って商品価値を上げているようです。やはり、販売がついて行かないと物は経済に合っていかないようですが、そこで様々な工夫をして特産品を全国に販売するご商売が生まれています。しかも、インターネットを使いほとんど自己投資をしないですむような社会にもなって来ました。

特産品を売れるようにするには、やはり始めは身体で汗をかかないとうまくいきません。まさに風邪を呼び込む大変さでしょうか。

日本株

本日も日本の株式市場は値下がりとなっています。ニューヨークなどは上げ下げしていますが12000ドルの大台は割っていませんが、日本は底なし沼のごとくです。平行して円が安くなるかと言えばこちらは78円を挟んだ神経質な動きです。北朝鮮の政情不安の影響は考えられるのですが、そうなればもっと円は値下がりしても良いと思われますが、本当に我が国の主体性のないこの動きは何故なのでしょうか。

昨日ある会社にお邪魔しましたが、円高の影響がボディーブローのように聞いてきていると話して見えました。日本は小泉改革などといい気になって、財政改革を進めたのは、地場産業と言われる地域の中核産業の庇護を一気に着る結果になり、産業の空洞化に拍車がかかりましたが、今回は円高に無策な我が国は結果同じように国際競争力をグンと落としている結果でしょう。反面、韓国や中国は車産業での追い上げが急となり、それ以前の産業も細々と生産をしていたところも息の根を止められ、流通が従来の国内生産から消費地への流れが、海外生産から消費地への流れに変わってきました。数十年前のアメリカは国内需要をあげようとすると、輸入が増えてしまう状況と同じように、我が国もそうした流れに変化してこようとしています。それにもかかわらず政府や日銀は従来政策の踏襲ばかりですから、いつまでたっても国内の景気は浮揚しません。

国内で金を使ってもらうためにはどうしたら良いのか。今使う金を国内にばらまくことが即効性があることですが、全く将来ばかり見据えているのかそんなことを考えていない様子です。確かに今国債などの発行が増えても、将来株価が上がれば相殺してもおつりが来ると思います。そのようにしていかないとこのままの状態では本当に日本は沈没します。元気出せ日本!

寒波の前の静けさ

昨日と今日は気温がそんなに下がらず、昨日はさんさんと降り注ぐ陽光でぬくもりすら感ぜられました。明日の夕刻位から第一級の寒波が襲来すると云う事で、まさに嵐の前の静けさ的な天候です。クリスマス寒波などと呼ばれるこの時期の寒気団の張り出しは、北陸地域から来襲すると東海地方は大変な影響を受けます。思い返すと38豪雪と呼ばれた大寒波は、北陸から新潟にかけて一気に列島を包みました。一夜にして数メートルの積雪を記録しています。

そうした住むのに決して安寧ではない地域でも、人はふるさとを愛するものです。そして、そこで住むための知恵を絞り出して、後世に伝えていきますが、最近そうした実体験が後世に伝わりにくくなっているのではないでしょうか。それは、伝える手段が一杯ありすぎて真の情報からガセネタまで様々ですから、現代人の能力として、ネタの正確さをどのように判断するのかという能力も必要になります。以前民主党党首の前原さんが偽メールに引っかかり、代表の座を辞任した例もあります。かと言えば、家庭の暴力情報を知っておりながら、全く手を打たなくて最悪の結果を招いた事件も後を立ちません。

天気予報も最近は非常に観測網の発達などで、正確度が向上してきましたが、しかし、生活の中で我々がどのように活かしているのか。例えば寒波が来るとなると、一体なにをするべきなのか。例えば、車のタイヤを冬用にすることなどが浮かびますが、タイヤ交換を生業とされているところは、あるていど信頼の置ける情報が出ると、タイヤ交換が集中して来ますので大変でしょうが、逆に、雪が来ての交換ラッシュとなるともっと手間がかかるかもしれません。そうした意味では情報力は非常に社会貢献しているのでしょうか。いずれにしても、いったん緩んだ冬型が再び低気圧と寒波の襲来で、嵐のような転機をもたらす前の静けさは何とも不気味です。

百年祭報告会

昨日大正百年祭の一区切りとして報告会を開催しました。文化センターにおいて市長、観光協会長も参加して頂いて30分ほどの報告と1時間30分の懇談会となりました。地元の各会のメンバーが参加してもらえましたので、非常に人数の割には盛会となりました。殊に、若いメンバーの参加を得て各所での論議に花が開いていましたが、こうしたエネルギーをどのように次へ繋いでいくことが出来るのか心配ですが、すでに大問題も起こっているようです。

百年祭は一つの大正村の区切りとして開催をしたつもりですが、何故か区切りとはならない方がお見えになる様で、様々な問題が後から後から浮上してきます。そうした中で、以前に方向性を決議して周りがそれに向けて進んでいるのにかかわらず、決議を忘れて結論を反故にしようとしたり、将来の戦略を全く考えず従来のイベントを繰り返したりしようとするのは、まさに高度成長期の考え方そのものです。

そもそも大正村は行政の降着からの脱皮を住民の力で実現してきたものですが、今は逆に活力を失い、ドンドン行政便りとなっていって居ます。依存体質はなにを産むのかと言えば、前例重視の裏付け重視の冒険できない体質を産んでいきます。そうした体質になるのであれば、残念ながら税金の無駄遣いの大正村には将来の展望は開けません。何とか早く体質改善に取り組んでいかなければなりませんが、そこには例年通りのイベントがのさばります。こうしたことの繰り返しをどこかで止めなければ、新しい大正村は生まれてきません。

キム・ジョンイル死去

世界ではなにが起きるか解らないです。17日北朝鮮の金正日総書記長が死亡していたニュースが本日正午に飛び込んできました。50日くらい北朝鮮のニュースを伝えていた女性アナウンサーがテレビに出演しないのは、北朝鮮内部に何かあるのではという憶測はあったのですが、これほど大きな出来事が起こっていたとは、世界の誰もが予測できない事でした。しかし、17日に死亡して、今日までニュースを隠しおおせていたことはこの情報化の時代に大変なことですね。

後継問題も確実になっていない状況ですが、今後どのような情勢になっていくのでしょうか。今年は何か身の回りの人が亡くなっています。本当に寂しい事です。もっと話を聞いとけばと後悔することばかりですが、待っているわけではないですが自分もいつかはそうしたときが来ます。人間の身体は永遠ではないのですが、考え方などは誰かが継いでくれれば永遠です。今そうした事がつながるのかどうか。まさに自らの行動にかかっていることになるのです。

世間の広さ

昨日は大正村の役員会と、掃除に学ぶ会反省会がありました。掃除に学ぶ会はいつもの事ながら非常に前向きな反省意見を頂いて、大正村役員会に臨みました。本当に愕然とした後ろ向きな意見に愕然としました。これでは本当に大正村が時代に取り残されていくことは間違いないと確信しました。それは新しい事に対して取り組んでいこうという情熱のなさ。同時に、地元が解ってないのに大正村ではそうした取り組みが出来ないという、本当に創業時の大正村の情熱を忘れてしまった意見が、役員会でまことしやかに述べられています。

大正村創設時には大正村が一体何であるか解らないまま走り続けました。当たっていたいのか気持ちいいのか当たってみなくては解らなくても、ドンドンすすめと号令をかけ続けたトップが居たのです。それで大正村は創設できたのかとも思います。まことしやかに組織を作り役割分担をして・・等とやっていると、人は自分の担当以外の所は関係なく錯覚していくのがよく解ります。トップは最後の責任を負った組織はそこに組織力が発揮できるようになって来るのは、組織内で人の痛みをお互いに理解できる忍眼関係を生んでくるからではないかとおもいます。その為には、無駄でも時間を割いて一杯飲んでノミュニケーションをはかることです。本当に下らぬことかもしれませんが、そうしたある意味で時間を共有できる関係を築くことが、組織を構成する人たちが自立することになるのではないでしょうか。

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