地域の束ね

昨日恵那市地域協議会連絡会という会議がありました。地域協議会とは従来の町村単位で恵那市を13地域に分けて、地域独自の文化を継承していこうとする試みを、行政が地域自治権を認めて合併以後進めていて、地域の活動に対してのかなりの額の補助金も着いています。地域様々な進め方をされている中で、この制度が5年間続くと云うことでスタートしたわけですが、途中10年に変更の要望が通り、現在5年経過するところですが、地域補助金を使い果たそうとするところも出てきたりして、この行方は非常に混沌としてくるところです。

地域が自立しての活動が可能となるための設備投資資金としたところは、思惑から少し収入がずれて今後の資金繰りに困っているもので、何とかこの急場をしのいでもらわないと13地域の足並みがそろわないという組織上の問題も出てきました。積極的活動が資金面で苦境に陥ったと云うことですが、他地域からの資金的援助は性格上どうしても得られない訳で、内部でがんばっていただくしか藩士が通らないと思います。

しかし、大変冷たい言い方かもしれませんが、13地域すべてにこうした問題が横たわっています。予算を無理に使わず、しかし、反面利を生むこともなく推移しているところは10年後どうなるか。こうした悩みを地域で話し合える土壌を作ることがこの制度の最も大切なところかもしれません。地域はこうしたいくつもの歴史を重ねていくので、その姿が現実にここにあります。その姿を直視できる力を大切にすることが地域力になるのでしょう。

もう十月

本当に一年は早いです。今日は21年間続いた「渡る世間に鬼は居ない」の最終放送とか。ドラマ出演していた江成くんは5才からの役柄で、今回めでたく結婚されると云うことらしいです。まさに光陰矢のごとくです。振り返れば一年というか自ら歩いた道は長くもあり、やってきたことは短くもありですが、そうした中に出会いや別れや一杯詰まっています。そうした人生を未整理の状態で明日に進んで行くと言うことは、自分にとっても「本当にこれで良いかな」と、時たま思うことがあるこの頃。

何か秋になってセンチメンタルになったのか。地域も公園が出来、保育園も竣工が近づきなど、解っていることですが環境変化に自分がついて行っていないのか。大正百年も何か形が過ぎていっただけで残るものはなにもない焦りを感じます。やはり一度勇気を持って現実を直視し、変化していくときが来たのかも・・・

友が呼ぶ友

本日は東京の友人から懐かしい歌を歌っている友人をご紹介頂きました。費用面でうまく合うかどうか解りませんが出来たら是非こちらに来てもらえるとうれしいですが、こうして、友人が友人を紹介してくれる事は本当にありがたいことです。大切なことは何であるか。紹介してくれた友人の顔を潰さないようにすることなので、そこはやはり事前のツメをきちんとする必要あるかとおもいます。当然待遇面はあたりませですが、最も大切なことは気分良く帰ってもらえるかどうかです。かといってお越しになられる方のすべて言いなりというわけにもいきませんから、そこが大変なところで、きちんと知恵を使わなくてはなりませんが、自分の考え方がきちんとしていないことには、そうした事への対応もうまくいかないことが多いでしょう。

 

歴史の重み

年数を経た数々の物。今大正村では少々色あせていますが、大正百年祭の一環で大正時代に創業された企業展を開催させてもらっています。じっくりと見せてもらっていると、企業の創業の原点が浮かんでくる気がします。一世紀を生き抜いた企業にはいくつもの転機があります。特に日本の場合、太平洋戦争での時代変転は何処の企業も大変苦労されていることが解ります。まさに大きな時代変化の中を生き抜いたたくましさを展示されている各種に感じます。

企業は30年周期で変化が訪れるといわれます。それは創業から繁栄期をむかえ没落していくサイクルになるのでしょうが、特に繁栄期の過ごし方にそれ以降の企業の寿命がかかるような気がします。人間どうしても楽を考えがちです。繁栄期に次の新しい事に着手して「二頭を追う者は一頭も得ず」という諺のごとく、どっちつかずの体たらくを産んでしまうことにもなりかねず、しかし、優柔不断に過去にこだわっているふりをして現実の問題から逃避しかねず、結果として企業の寿命を終わらせてしまう結果もあります。

歴史を刻むと云うことは事実を時間に刻み込むことです。そこには、過酷すぎる現実があるかもしれないですが、逃避せず問題に立ち向かった者だけが生き残れる現実があるのです。

曇ると気温が上がらない

当たり前の事ですが、本日はまさしく午前中はそぼ降る雨から、午後は曇天で一日気温が上がりませんでした。今日は本当に太陽の恋しい一日となりました。暑い時期には暑さにウンザリして、寒い時期には寒さにウンザリとなんと人間は勝手の良いものでしょうか。昔良くこんな話を聞きました。「銀行なんて土砂降りには傘をかしてくれないものだ」と、東日本も復興に向けて人が立ち上がってこられたようですが、創業(再生)に際しての資金不足は想像以上。それもそのはずです。銀行は通常の規定でしか貸し付けを行わないようです。こうしたことを国は見逃していてはいつまでたっても地域の活力は生まれてきません。

日本は言葉ばかり美辞麗句が並ぶ政治を始めとした世界です。結果、規定が整っていなければなにもしてくれないわけです。それは、責任の追求にあると思います。トップが「最後の責任は私が取るから」と、部下の前で公言すれば部下もでたらめは出来ませんが、結構やることはやると思います。何故それが出来ないようになったのか。ひとえに人の信頼がなくなったためと思います。社会でも、少子化の原点もそこに有るのではないかと思います。みんなで話し合いをして決定するまではなにも出来ない社会は、今世界から日本はドンドン置いてきぼりを食っています。かといって独裁が良いわけではないのですが、どこかで閉塞した社会に風穴を開ける必要があると思います。

お月見の会

中日にお墓へいけなかったので午前中家内と掃除にでかけました。同級生も来ていました。やはり中日より都合の良いときにということになるのかな。午後からは大正村恒例のお月見の会の準備です。今年で12回を数えるイベントです。今回はどちらかというと地元志向の会ですが、昔は、家々を周りお菓子や、団子をもらって歩いた懐かしい風習があったのですが、最近はお月見自体が廃れてしまうほど世の中は忙しくなって居るようですので、せめて大正村位はそうした風習を残したいと続けています。

今回は、茅葺きの三宅邸を中心としたイベントで、昨年までは鳴子踊りなど派手にガンガン音響も入れていましたが、今年は和琴と俳句会、少しの間ですがペットボトルを利用したあんどんで道路を飾ってお客様を歓迎します。お餅つきは当地お手のものです。みんなで歌おうはご高齢の方が童謡を歌う会をされていますのでお願いしました。月見を過ぎた居ましたので名月は拝めませんですが、手作りの月をあげて楽しみました。地域のイベントのあり方も施設を活かした楽しみ方を工夫しなくてはならない時代に入っています。体験の大切さを深く考えた企画が必要になってきました。

富士に初雪

初冠雪になるかどうか解りませんが、今朝富士山頂では降雪があったとのことです。一気に気温が変化する荒々しい気象に順応していくことも大変で、高齢者の寿命は延びるではなく縮む方向になるというのは、実感です。人口減少の激しい田舎では益々大変な現象に追われることになります。一方の出生率は低位横ばいですから、こちらも人口減少に歯止めがかかりません。

社会が将来希望の持てるようになっていれば、おそらく人口減少は起きていかないと思います。それは、人がお互いの絆で結ばれる安心社会であるから、やはり生物の本性である子供を作レルのだと思いますが、現在のように子育てに沢山の不安要因を抱えた社会では大変な事に思えてしまします。昔は「親はなくても子は育つ」などと言われていました。本当に子だくさんな家庭があちこちにありました。そうして、地域に沢山の子達が姻戚関係を結び、お互いに切磋琢磨して生活していったものです。

現在は、こうした競うことが非常に悪しき習慣とされるようになり、反面、低いレベルにみんなを合わせていくようなさざ波社会になって来ました。こうなると、社会の成長が大変難しい状況が起きてきます。もっと言えば、どこに居ても平均を維持するようになり、気力がなくなると言うことになりかねません。こうしたことを打破しないと今の日本は世界から取り残されてしますと思います。特に、金融戦争に日本は物の見事に敗れ去り、円高を何処まで行っても容認せざるを得なくなっているのです。そのことに気づいてない首相始め多くのエコノミストはやはり平均志向だからでしょう。

気温が下がり

不思議な物ですが、台風が去って気温が下がるとこの地域のお祭りという感覚が出来てきます。子供が祭りの練習をしているとき本当に寒かった記憶があります。見ている方は、寒い中早く練習を終わってくれないかと思っているのですが、子供達は太鼓がたたきたいばかりですから、もう少しもう少しと時間を稼ぎながら一生懸命太鼓をたたいています。我々はようは太鼓の片付けが役割ですから、練習が終わらないと変えることが出来ませんので、必然的に一生懸命太鼓をたたく子供達のペースで、寒さに震えている記憶がよみがえってきます。

こうしたお祭りの記憶は子供達にも残っていて、将来この町にすまなくても祭りには帰省して祭りに参加する人が結構お見えになるとか。当地も人口減少に拍車がかかり、集落によっては限界集落の姿さえあらわになって来たところも。地域の活力とは一体何だろうか。それは、如何に子供達ににふるさとに矛路を持たせることではないのかな。例えば、親が学校の先生の悪口を子供の前で言っていると、子供達は結局は先生を通して母校へのペーハー起こりを持てなくなるように、地域でもお互いが力を合わせて町のために少しでも何かをやっていこうと目標があれば、そこには小さな力が集まって大きな力になるのではないでしょうか。まさに町の活力はそこに生まれてくるのではないかと思います。

道の話

災害の時、昔から有る道が災害に襲われず一番使うことが出来たことを思い出します。道路が狭く拡幅しずらい為、用地買収の比較的容易なルートで新しい道路を作る。しかし、そこは大変地形的に道路には向いてないとこなのかもしれません。ニュースを見ていても災害に遭われる不幸はやはり地形的な、例えば、水取りが簡単だからと小さな澤筋に宅地を広げすんで見え災害に遭う事もあります。河川敷に近い所に宅地を造り市街に合われる例も。宅地の少ない我が国が招く不幸でしょうが、しかし、いつまでもこうしたことの繰り返しでは安心してすんでいられないと思います。

東日本大震災では、足下が液状化して未だに大変困ってお見えになる方。この近くの御嵩町では、昔の亜炭鉱跡の空洞問題。地上ばかりでなく地下にもそうした問題が潜んでいます。災害がクローズアップされる昨今。真剣にそうした問題に取り組んでいかなくてはいけないときです。

台風15号

沖縄で一度円を描くような蛇行して、本州へ上陸するかもしれない様な軌跡を描いている台風15号ですが、日本近海へ来てこれほど停滞しても勢力は衰えるどころか発達しています。そして、秋雨前線を刺激して本土上陸前から非常な雨を降らせています。今回は中部圏の特に名古屋から多治見、可児地域に本日は多量な雨を降らせていますが、まだこれも本体が来ていませんので、過ぎ去った後にはどれくらい雨が降るのか解りません。特に最近の台風は非常に多雨です。ということはしっかりエネルギーをためて日本近海から上陸してくると言うことであり、やはり日本近海は高温現象なのだと思います。

このように台風の状況を見ても日本近海の状況が把握できるように、世の中は奥の問題が発生して、その周辺から問題を読み取ることの上手な人は沢山お見えになりますが、その問題をどのように解決していくかを具体的に自らの手を汚しても進めていく人が本当に少ない。だから、日本の中には制度疲労が蓄積していくのです。きちんと問題から目を背けず、目をそらさず問題を解決していくことは実は簡単なようで大変です。それは、なかなか耳や目をきちんと傾けることが出来ません。逆に反発や言い訳をしてしまって、素直な心で問題を受け入れることが出来ずらく、特に、地位の高い人はそうした事が多く見受けられます。

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