執念

試合開始前にマウンドへ集まり帽子を取って天を仰ぐ。そこには今年2月追突されて亡くなった球友がほほえんで見守っていてくれる。愛知至學館高校は本日激戦の愛知県大会の決勝で名門愛工大名電との激戦をものにして創部6年で甲子園初出場を勝ち取りました。メンバーが強弓の中での校歌斉唱。美しい光景です。見ていてまぶしいくらい。監督も涙を止めようとしてもあふれてくる涙。みんな一緒にがんばったのだ。そんな思いが伝わってきました。久々高校野球で熱い感動が伝わりました。

ベンチには亡くなった友の遺影がじっと試合いを見守っています。選手のみならず、応援スタンドまでが一体化した甲子園への思いと云うより、球友の思いの実現に対する執念が、試合の勝敗を分けて気がします。世の中実に様々苦しいことがあるのですが、いかに成し遂げるかという執念を持っているかどうかではないかと教えられました。

新顔

全校高校野球の地方選で優勝校が決まりつつあります。今年はどんなドラマが展開されるのか。今プロ野球では一時を湧かしたハンケチ王子とマーくんの対決も話題を呼んでいます。やはり日本プロスポーツの華であるのですが、活躍を終えた選手の訃報なども飛び込んできました。野球道と言われた昔は有名選手の伝記が小説になったり、映画になったりして子供心にワクワクした思い出があります。そのくらい娯楽も他には少なかったのでしょうが、選手の人生も併せて勉強させてもらえた時代でした。

現在の高校野球は、学校の名前を売るためチーム強化を図っているところが多いですね。しかも、強化するためには非常な経費がかかる訳ですから、子供さんが野球をやられる家の負担も相当なことになるのではないかと思います。先日、高校の野球チームのマイクロバスが事故を起こし、運転者は親さんでしたが、経費削減が招いた事件です。そして、古豪も最近は回数を重ねることが出来ない状況で、相当に中学からのスカウト合戦が激しさを増しているのではないでしょうか。

初出場はフレッシュです。そして、最近は相当に強い。甲子園に出てくるまでの激しい戦いは地方でも多くのドラマを産んでいます。特に、今回、福島や宮城など多くの感動を与えてくれますが、勝負は厳しいものです。甲子園に来れなくても野球に打ち込んだ経験は人生の貴重な体験です。野球のみならず、やはりスポーツにいそしんだ人の人間性には潔さが感ぜられます。

盛夏と思いきや

最近は曇りか雨の天気が続きます。上空には季節外れの寒気が居座り、太平洋高気圧も少々分が悪い感じで中心を太平洋上に遠慮しているため、東北やお隣韓国もゲリラ豪雨に襲われていると云うことです。年間降雨量を推測しながら都市設計をしていくわけですから、推測の域を遙かに超えていれば、当然被害は拡大するものです。被災地などこれ以上の被害が出ないように早めの手当をお願いしたいです。

自然を予測すると云うことは非常に難しい事です。何に頼るかと云えば古文書などから、当然過去の歴史をひもとくわけですが、そこは人間ですから当然楽観視も有れば、全く予測がたりないこともあります。ただ、災害の際何とか命は助かるようなことにしておくことが最低の防災ではないかと思います。それは、災害は突然やってきます。人はその時何をしているのかによってずいぶん避難方法も変わってくると思いますが、出来れば自分の身体に避難をすりお込んでおけると良いです。

災害の種類によっいても避難は変わることが多いと思いますが、とっさの判断が尊い命を振り分けることになるのは、今回の地震から津波災害でくっきりと浮かび上がりました。その時なにが自分にとって最善かなどほとんど考えられないと思います。その為にも、頭で判断するよりきちんと身体が動いてくれるよう日頃からの鍛錬が、地震国日本では生き延びる条件かもしれません。そろそろ盛夏が戻るのかな。

積もる矛盾

中国の鉄道事故、日本の原発による牛肉問題など、国の政策の貧困から起きる問題がクローズアップされています。いずれも被害者は弱者ばかりです。こうした矛盾に満ちた原因から起こる諸問題を、国はどのように解決していくのか。お隣はツイッターの力で徹底した原因究明をせざるを得なくなりました。我が国は牛肉問題を含め、解決すべき問題は山積していますが、庶民の力の結集が出来ない状態です。世論調査の結果など最近は何処吹く風。続投目指して国政もそっちのけの状態。まだ、お隣の国は国民の声に動かされるだけ立派なものでしょうか。

両国を問わず世界が情報化のスピードに追いついていけない状態です。情報をどのように使ったら良いのかも判らない状態。指導者は情報をどのように利用するかを人生経験の薄若い人に任せているため、ほとんど結果を読めない混乱が起きているのではないかと思います。そして、そこから起こった現象に右往左往、権力を使って人を動かそうとしてそこに混乱を招いている実情ではないか。

人間性を大切にした行動が望まれる今、少なくとも政策の矛盾を何とか解決していくことが必要ではないですか。その為に国会はもっとしっかりしてもらわないと、税金の無駄遣いになってしまいます。

藤原正彦講演会

日曜に家内と一緒にウィルあいちで新田次郎氏のご子息である藤原先生の講演会を聞く機会がありました。実はこの日は町内の清掃日で、あけちフォーラムが主催で100余人が暑い中参加して、大正改元祭前の町内清掃に皆さん励んで見えたのですが、折角の機会だからと了解を頂き、大変後ろめたい気持もありながら講演会に行かせて頂きました。日曜午後からという時間にもかかわらず、愛知県もら路ジー女性クラブ主催でしたが、会場は8割方埋まっている盛況ぶりでした。

「日本の心と国柄」というテーマで1時間半少しお話をされましたが、今「日本人の誇り」という本を読んでいましたので、お話はその本のまとめ部分の内容が主でしたが、数学者という立場からの日本の歴史観は非常におもしろかったです。今の日本は一気に国難を解決しなければ、あちこち少しづつ突いていても国は変わらない。その為には日本の基軸を見直すときだと。その為にはきちんと日本の歴史を見直して、未来に繋げるような事が大切なのだ。明治維新以降多くの外国人が日本人のあり方に感心の念を示していたが、それは、日本人は美的感覚、美的感受性を国民全体が持って居る点にある。庶民までもが自然の哀れみを感じ、わびやさびから人生のはかなさを理解している。それは、元々農耕民族であり自然にひれ伏す感情から、故郷を思い、家族愛、郷土愛、人類愛などをふかく持っていた。しかし、今の教育は人類愛を特出して強調しているため、個人主義が最優先されてしまっている。【正しい懐かしさに立脚した愛】が必要。21世紀は「惻隠」がキーワードであり、弱者を助ける心や、卑怯を憎む心を小学生の頃から身体にすり込んでおく必要がある。

特に、個より公の優先で、自分を捨てることや、金より徳を積む心や、人の気持ちを察する心の教育が必要ではないか。そうした人間同士なら強い絆が結ばれる。特に現代は孤独感が非常に強い。収入があっても多くの人は孤独感が強い。論理的合理性は大切にするが、それに情緒を加えることにより孤独から解放される。などのお話を伺ってきました。

掃除をする

土曜日と今日掃除の会がありました。自社から土曜日は1人、今日は2人が参加してくれました。本当にご苦労なことですが、少しでも周りのためという体験は、簡単にできることではないと思います。特に、掃除という地味で自分から率先して出来る事ではない行為ですが、この会は周りにそうした熱心な人が集まってお見えになるのです。そうした人がごく当たり前にトイレや街頭清掃を徹底してやって見えます。こうした会に参加するだけでも価値があるのですが、不思議とやっているとやみつきになって来ます。そして、「もう少しきれいにしてやろう」などと、野望が出てくるために、やり方を掃除用具を工夫したりして、楽しい掃除になって来るから本当に不思議です。

自分は体調の関係で実践が出来ずイライラしていますが、自社の周りを少しだけ掃除しても本当に気持ちが良くなります。昨日、町内一斉清掃があり少しの時間でしたが参加してきました。知らない方と一緒になってどう掃除しようかと工夫をしながら掃除をしていますと、思わず時間を忘れてしまいますが、掃除の後を見るのが楽しみでもう少しなどとやっていて、あわや列車時刻に間に合わなかったです。最近思いますが、草取りを飽きずにやるコツは、「まだこれだけ草を取らなくてはいけない」と思って先を見るより、「これだけ取った」と、取った後を見ながら進んで行くと結構長時間草取りが出来ます。

どんな時でも工夫をすると楽しいです。それは、与えられたことを自分なりにやる気になれば、舞台はがらりと変わるということではないでしょうか。どうせなら、全人平等に与えられ時間を自分らしく楽しく生きていく方が良いですね。どんな境遇でもそうした事は可能です。

民族の決起

自分のためならば何でも出来る。そんな感じの事が多く見られるこの頃ですが、民主党も国民の期待の多くを得たマニフェストの執行が出来ないと、お詫びの言葉が出だしました。理由が見通しの甘さを今更ですがあげています。勘ぐれば、この際野党にお詫びして、国会で法案を通してもらい、首相の退陣につなげようとしているのか。実に情けない話ですが、高までして組織を守らなければならないものでしょうか。人は組織人となると個々をつぶしても組織をいかそうとしますが、結果は組織が衰弱していきます。それは、個々の能力を活かすことの出来ない組織が起こす現象で、過去にはいくらもそうした例を見ます。そっして結果は弱い立場の人にそのしわ寄せが掛かる。例えば、戦争に入る前の国情などまさに絵に書いたとおりでしょう。

再び我が国がそうした歩みにならないためにも、国民が勇気を持って政治のゆがみをたださなければならないのですが、そうした意見を反映してくれる政治の場が無いような、国民に無力感が漂っています。日本は今、世界の経済情勢の中で決して国内ではよい情勢ではないのですが、円高という正念場を迎えさせられています。確かに、政府は今対策はないのかもしれませんが、このまま手をこまねいてこの状況を過ごしていると大変なことが起こります。それは、国内の空洞化です。地方でも勝ち組と負け組が出来ているように、個々は国民の総力で乗り切らなければならない時です。そのためには日本民族のそれぞれの決起が必要ではないでしょうか。

大正百年改元祭

7月31日大正の元号となって100年を祝して、式典と地元の若い人が発想したイベントを行います。最も心配は観客の動員です。壇上に人が沢山見えて、客席はガラ~ンでは様似なりませんが、往々にしてイベント企画には熱が入りますが、動員は最後となってしまいます。今回もそんな傾向がありありの様な気がしてきました。魅力有るイベントをすれば押すな押すなとなるのですが、最近の方はどうも形式張った式典とか、講演会などにあまり参加をされないようです。主催者側もそうした事を踏まえ様々工夫をするところですが、あくまで式典となれば形式が先立ちます。いっそのこと式典なしという考えもあったようですが、いかんせん多くのご意見が交錯するものですから思うようには行かないのは世の常です。

実力にあったことを身の丈と言いますが、今回も含め、「どうしても身の丈を超えたイベント開催になりがちになるのは、地元としてのコンセプトがないのではないかと思います。今まで大正村は地元が元気にやっている姿を全国から見に来ていただいたものと思っていますが、それはあくまで創業時のことであり、以後様々な事由で初志がぶれていくことは時代の趨勢でしょうか。

しかし、大正時代には非常に多くの現代への継承が詰まっています。大正12年関東大震災が勃発しています。日本の首都を襲った地震から、ものの見事に日本は復興を遂げています。そして女性の社会進出。今の時代に置き換えれば、若者の社会進出の時代背景と似ています。デモクラシーはツイッターなんて都合の良い解釈をしながら大正時代を現代に繋げてみましたら冗談抜きで「輪廻転生」そのものが浮かび上がります。本当に歴史を学ぶ大切さを痛感します。

勇気を持ってやってみる

テレビの報道番組は何処でも「なでしこ」で沸きかっています。彼女たちが出発するときは取材はほんの数社。帰ってくるときはなんと数百社が取材合戦。帰国してからも澤選手の年俸まで取材している始末。なんというデバガメ取材でしょうか。逆に言えばそうしたネタで視聴者は満足しているのでしょうか。これは堂々巡りのようですが、もっと高いところで今回の成果を国民の多くが評価できることを考えられないものかと、石原都知事は怒って見えましたが、企画する方の志の低さ、引いて言えばそうした内容を要求するのか、内容で満足してしまうのか。日本国民の質が落ちていく様が垣間見えますね。

といいながらこの私もそうした放送を見ているわけですから、あまり人のことを言っては居られないのですが、何か日本人の質のレベルが低下していくような気がするのですが、しかし、あの災害時の冷静な対応など見ていると、本当にすばらしい国民性だと自慢したくなりますが、やはり、そこは国の指導者の志の低下が大変大きな問題なのではと思います。指導者の重要性はいつの時も善し悪しを問わず言われています。責任者は潔く事の責任をとってきた我が国でした。

今回、魁皇のあの清々しい引退会見。国民の誰もが本当に長い間ご苦労様と声をかけたくなるような、魁皇の人となりを見せてもらった引退です。横綱にしたかった日本人は多く見え他と思いますが、彼が大関の地位でがんばり続けた結果が角界最多勝を手にすることになったのかもしれません。そこには、大関というプライドと共に、現役というこだわりの狭間で痛んだ身体にむち打って動き続けた男の後ろ姿がありました。やはり、そこには自らのこだわりを勇気を持って続けている姿が見えます。ともかく具体的に動いてみることが大切なのです。いつか勇気を持った仲間が集まって来てくれます。

被害軽微

台風6号で被害に遭われた方には心からお見舞い申し上げます。

当地は肩すかしを食ったようにほとんど何の被害もなく台風は過ぎさりました。本当にありがたいことですが、夕刻からあの暑さが戻ってきて、蒸し暑さと併せて地獄です。7月にしては非常に大型な台風でした。よく雨がやんで傘忘れるのたとえのごとく、目の前で必要ないものはとかく関心が薄れるものです。今回の台風でも、コースを外れていれば、大騒ぎしている周りは一体何だろう位の事ですが、当事者は非常に勉強になる体験を積まれていることでしょうが、この体験も少したつと忘れていくのも人間の習性です。

東日本震災の補正が本日国会を通過するそうです。猛暑の中、未だに避難所生活を強いられて見える被災者の皆さんの苦しみを、十分ではないにしてもエアコンの効いた東京の国会議事堂で審議している議員に被災されている日本国民のご苦労が判り様子もありません。事ほどさように人は他人の苦労の幾ばくかを理解できるような人間になるためには、普段が下から目線を心がけていなくてはいけないのですが、自分に関係のないようなことはどうしても見過ごしてしまうものです。本当に注意したいものですね。

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