昨日からの大雪

今朝は起きてびっくり!ふわっとした粉雪で見たところ20センチは雪が積もっていました。1月に入り本当によく雪が降ります。しかし、昔は当地はいったん降った雪が日陰では溶けることがないので、当家の庭など積もった雪の層が出来る位でしたが、今冬はある程度雪が溶けるので、旧来と比較すればまだ雪の降る回数は少ないもかもしれません。しかし、朝晩の冷え込みは非常にきつい日があり、寒波のエネルギーは大変な量であることには間違いないですが、是でも地球は温暖化傾向なのですから、なんだか信じられないような気がします。

新燃岳の爆発の溶岩を分析すると、江戸時代の爆発成分そのままだそうです。自然のサイクルは人間の想像を超えたサイクルで、ある日突然人間に不都合な形で襲ってくるのですが、それもしかし、人間が勝手に安全なのだとしてそこに暮らしを営んでいるわけです。このように、人はその歴史をひもといて見るような余裕すらなくなっているのか、実に様々な不可抗力な事象に行き当たっています。大雪の予報にしてもその通り間違いなく北陸から北海道の日本海側を中心に来襲しています。鳥インフルエンザでも、野鳥の存在など相当以前から指摘されていました。もちろん、当地の雪も覚悟はしていたのですが、目前でこうした事実に出会うと、人は生活のリズムを狂わされてうろたえなくてはならないです。生活のリズム位なら良いのですが、大雪の犠牲、火山灰や鳥インフルで生活の犠牲、などを被られた方には本当に申し訳ないですが、おかけできる言葉すら有りません。

人は自らの少ない努力で大きな効果を上げることが善と考える世界になっています。自らの努力の見返りを即求めるような権利の主張が当たり前な、非常に人間味のあさい、自己主張の強い世界です。そして、その結果はどうしても弱者に対してのしわ寄せが起こっている社会になりつつあります。まさに強権主義といわれる世界です。いま、エジプトでは強権に対しての市民の反対運動で国内が混乱しています。安定が長く続くとどうしてもどこかで必ず強権が頭をもたげてくるようです。自然の世界に生きる人間ですから、自分の都合の良いようには自然界は動いてくれません。そうした中で人は少しでも出来たら周りの人のために動きたいものです。それは、かけがえのない地球を守る協力につながることではないでしょうか。

思い返せば・・・

今日は朝から降り始めた雪がほとんどやみ間もなく続いています。そうした中、公民館で餅花作りイベントがモガ倶楽部の主催でありました。餅を竹の枝に飾って作る縁起物です。冬の間花がないのでこうした飾りを作ったものでしょうか。このイベントも地味ではありますが、ずいぶん長く続いています。しかし、会場には小さな子どもを連れたお母さんが結構見えていて、着実にこうしたイベントのファンが見えることが継続の原動力でしょうか。

大正村も昨日ブログに書いたとおり、先人の血と汗の結晶であるのですが、何故大正村を始めたかと云うことを思い返すと、「バブル最盛期の日本の姿は異常だで、資源の無い我が国がこうした事が続くわけはない。しっかりと地道に自分たちの力の範囲で、生きていける自立した地域を作っておかねば」と、何度も耳にたこのできるくらい言われていました。しかし、今となってはいつの間にか行政の資金を頼る体質となってしまい、年々の来訪客の減少が経営を圧迫するバブル崩壊に直面しています。

大正村草創期には、ともかく経費をかけない工夫が至るところにありました。例えば、傘立てなどビールのケースをひっくりかえしたり、松坂屋のショーケースをもらう機会に恵まれた時などは、地元から30人に近い人が、夜の十時あたりから搬出作業に行ったりと、お金がなかったからそうした努力が出来たのでしたが、小銭が貯まったらあっという間に体質が変わってしまいました。確かに、ハードは行政、ソフトは住民と不文律もあったのですが、ハードも身の丈以上の施設を作っていただき、いままでいらない固定経費がっかるようになってきたり、様々なイベントなどに心を遣わず、金を使って身の程知らずの振る舞いをしてきた結果かも知れません。

酷評になってしまいました。しかし、これから先輩の言われていた時代が襲いかかってこようとしています。もう一度、自分の商売も含め足下を見直し、社会の仕組みにあわせた組織構造にして行かなくてはなりません。最近、私だけの思い込みで勝手ですが、草創期にお手伝いいただいたタイプの方がお越しいただけるようで、本当にありがたい事です。

生活臭

早稲田大学の佐々木教授チームが、景観調査で本日大変寒い当地にお越し下しました。ご挨拶にお伺いするため町を久しぶりに歩きましたが、昨年急いで工事してもらった空きや対策事業の3軒を始めて歩きながら見せてもらいましたが、やはり周囲と比較して全く建物が浮いている感じがします。確かに大変美しく仕上がっているのですが、そこには生活している臭いが感ぜられないため、単なる展示場になっているようです。

早々に何とかか使い道を検討しなくては、あのままではあくまでも展示場でたいした展示も出来ずに役目を終えてしまいそうです。町並みにあうと云うことは、そこに人がいて時にはその汚れが付いても、人の住んでいるそれは証です。美しさは確かに汚れも何も付いていない事であるのでしょうが、そこに人がいて、隣近所やお越し下さったお客様にも暖かい声をかけられる町なのではないかと思います。

大正村は、当初お客様がお越し下さることが珍しく、恥ずかしそうに地元の人たちが「よかlったらお茶でも如何ですか」と、ぎこちないけれどもご接待をしていました。雑記帳も大変大切にご意見を参考にさせてもらったのが、いつの間にかブログなどに変わり、大正村の役員も読みもしなくなったりして、折角のお客様のご意見も反映できる場を失ってきました。

大正村役場へ集まってみえた地元の人も、ほとんどの人が高齢化したりして集まることが無くなり、地元の意見も聞けるチャンスを失ってきました。地域のまち作りのはずが、いつの間にか一部の人の役割化して行った当地。しかし、最近変化の目が訪れています。今、地域のコミュニケーションの重要性は町村の合併という現実の中で、いかに住民主体で実現できるかを問われています。この時代を見越した先人の偉業を、もう一度原点に返り実践していく時と感じています。

弱者直撃の大雪

天候異変で沢山の犠牲者が出て見えます。日本の国は実は国を守っているわけでなく、議員自身を守ることに明け暮れている情けない国の体を成さない状態になってきました。鳥インフルエンザ、大雪対策、円高などすべてほとんど手をつけていない。一方での国会論争は、どこで釈明をさせることが良いかとか、民主党を徹底してこき下ろしていたおじさんを大臣にしたことの真意をただしているなど、まさに重箱の隅つつきも良いところ。本当に政治にはもう国民の多くはウンザリです。

そして、結果現実の犠牲になるのは弱者です。又新たに宮崎には火山の噴火という問題も覆い被さってきました。是もまさに何もしない体になると思います。なぜなら、予算を通してくれないから何も出来ないと・・開き直った現在の体制です。もう、国民は自分の命は自分でしか守れない事になっいてしまうとすれば、国体は完全に崩壊し出します。それまで認めるつもりなのでしょうか。時のトップの体制は、自分に都合の良いところにはおべんちゃらと言えるへりくだった態度での国会答弁です。

「この日本をどげんかせにゃならん」ではないですが、するためにはどうしたらいいのかを考える機会を作ること。そして、少しでも小さな実行でも時間を作ること。こうしたことを積み上げていくことが大切になってきましたが、では、国会議員は何のためにお見えになるのかという、実に素朴な疑問と怒りが湧いてきます。又、大雪の心配があると予報で言っています。ともかく未処理の雪の幾ばくかでも何とか片付けることは出来ないでしょうか。心配と怒りと自分の微力さに本当に胸が痛みます。

大正村新年会

昨日は一日雪が降る中でしたが、夕刻から大正村の新年会がありました。皆さんの出足が心配されたのですが、お申し込み頂いた方は全員足下の悪い中参加頂き、会費倍増にも関わらす盛会に終えることが出来ました。後片付けも皆さんでお手伝いを頂き、大正百年を迎えオープニングの花火などさい先の良いスタートとなりました。お祝いに駆けつけて頂いた副市長が挨拶頂く中で、「せっかく先人が残して頂いたすばらしい大正村という資産の継承を住民一丸となっいてがんばりましょう。それには行政も一生懸命の後押しさせていただきます」と、力強い言葉ばかりでなく、プレイベントからのご協力を頂き、心新たに大正村と言うより、合併以後の明智のこれからを皆さんと作り上げて行かなくてはと思いました。

町づくりには実に皆さん様々な意見をお持ちです。それは、自分がやらねばと言う一生懸命さがあるからです。今当地はやらなければならないことの多くは皆さん意識されていると思います。誰がやるか。その一歩をどう踏み出すのかが合併という、行政区画が大きくなって身近に決定機関が無くなっているため、その決断を迷って見えるところだと思います。恵那市は地方自治法に基づく地域自治区地域協議会という組織で、特に合併しても各地域の特色を残す動きを予算までつけて大切にしています。そうした活動に対して、従来からの歴史と、合併したからと言う事実が混在して当地域の場合混乱が生じています。

特に、大正村というイメージは若い人が取り組むことではないかの活動になってきてしまっているため、大正村の目的である人材育成などが若い人の参加が敬遠されがちになり、年を経るごとに高齢化が進んでいくのが現実です。しかし、昨日は若い方も参加頂居ていました。それは、若いと高齢の中間層が動き出してくれた事が大きいです。

大正百年は1年で終わるイベントにはしたくない。そんな思いは皆さんがお持ちになっています。現実にそうした形を繋いでいくことが出来るのか。地域のプロデューサー的役割をどこがどう果たしていくのか。今後の成否はここにかかって来るのではないかと思っています。継続は力なりという言葉がありますが、地域でも、会社でも、一家でも一言ではすまされない継続という事実のドキュメントを、参加者全員で刻んでいけるようがんばりたいです。

恵那南ベンチャービジネス授業

午後からこの一年間に大正村で実践した「ベンチャービジネス」授業のまとめの発表があり、大正村の役員の方々と参加してきました。SWOT(スォット)分析手法での発表でしたが、実によい勉強になりました。授業は1年を通じ時には現場に出て地域の特産品を売ったこともあり、大正村のお客様の生の声や、当然大正村の施設の姿などじっくり見てくれて居ますので、昨年よりもふかい意見が数多く出されていました。一通りの発表の後、こちらからの質問にも結構な回答があり、現場を踏んでいる若い人の率直な貴重な意見を聞くことが出来、本当に感謝するものです。やはり、短期の付け焼き刃では深みも無ければ、説得力にも欠ける事が改めて痛切に感じられます。お客様のところにお伺いする際に、本当に十分な注意を持って行かなければならないです。

しかし、SWOT分析手法は彼らにとってはこれから非常に大切な手法の勉強をさせてもらっていると感じました。それは、これからは自分の考え方をクリアーにして、自らの考えを皆さんに御話できる手法を身につけていないと、世の中では流されてしまうからです。少子高齢化は社会をどのように変えていくのか。当然ながら、在来からの市場はドンドン狭まっていきます。その市場の中で生きていくには「人に解るきちんとした説明の出来る力」が必要不可欠です。決して自分勝手な理屈の並べ立てではなく、しかし、自分の理論をきっちり踏まえて善悪要不要の判断をしていく能力が必要になる時代だからです。右肩上がり社会では少しの失敗など時間が取り返してくれることが多かったでしょうが、今後は簡単にはそういかない。当分市場が年を追うごとに狭くなっていきます。しかし、そうした中で従来からの繰り返しをしていてはダメでしょう。

そこで、創造的な構造に仕組みを変えていかないと、時代遅れも甚だしい結果になってしまうのです。社会は特にそうした創造性豊かな人間を求めて居るのです。そうした社会のニーズに応えるためには、自らの考えをきちんと整理発表(自分らしい生き様)出来るようすることが大切です。寄らば大樹的な他力依存な生き方しかできない、自分にならないように社会に出ても自らを磨いて成長して行って欲しいと思います。貴重な発表を本当にありがとうございました。、

世相

世の中万引きが非常に横行しているそうです。犯行をする人の多くが年金生活の高齢者だそうです。学校がすさんでいた頃は子供の犯行が多くあったと聞きました。不安世代の心理がこうした犯罪を引き起こす要因になるのか、妙にそうした刹那的行動に現象がダブってきます。「見つからなければ良いか」的な軽い気持で窃盗を犯す。見つかって自分の罪の大きさを思い知るのか、少したつと再犯を繰り返すのかは人によってさまざまですが、万引きをされる方は経営上大変なことですから、防犯カメラなど十分な対策をとるために、多大な経費をかけ、あげくに監視要員も置かなくてはならない過剰投資も良いところになるのではないでしょうか。

田舎の家ではほとんど玄関などに鍵など掛けることはなかった。それは、田舎はほとんどが知っている人ばかりだからそれが防犯の大きな役割をしていました。道で出会って、まずは天候の挨拶から、世間話に話が弾み、時には家の縁側でひなたぼっこしながら長々と話をして、お互いに気心の知れた地縁がそこに生まれたものでした。お茶を飲む時も茶菓子は自家製の漬け物で、時々頂き物の珍しいお菓子などが話に花を咲かせることもあります。縁側というスペースや、人に対する思いやりが親しい仲にあってもプライバシーを保護する。人を疑って防犯カメラをつける場合と、こうして人を信じられる社会とでは必要経費は全然違ってきませんか。

今、不安が世の中を覆っています。その為に、数字的な基準を設けて不安の責任の払拭をしようと躍起です。例えば、どこかのハンバーグ店頭販売マニュアルなど、対面販売の基本の接客術はクリアーして居るようですが、マニュアルから一歩はずると対応に面食らうこともあるようです。しかし、業務研修は忠実にマニュアルを履行することを求め、銀行なども忠実に数字に基づいた取引が是とされる。そうした窮屈な社会になれていないお年寄りの唯一頼りの年金はドンドン減額される。そうした姿を見ている若者は自分たちの将来に夢など描けるのでしょうか。

社会制度のひずみが民主党のみでなく自民党政権時代から大きくなっています。その是正を民主党に賭けて見事に裏切られている日本国民が、これから向かうところはユートピアではないと思います。益々社会は殺伐としていくとき、国民一人一人が政治に頼らない新しい建国に向けて、まさに明治維新ならず平成維新を始める時ではないかと思います。

迎合社会

人気投票で時の内閣などの価値が決まるような時代。それが民衆の意見として政局を動かしているのは、ある意味非常に危険ではないでしょうか。民衆の意見を聞かなくても良いと言うことではないですが、常に民衆の意見に目を向けてばかりいて、本質の議論が出来ないとなれば、政治で行けば今後の我が国などどこへ行ってしまうのか。

商売においても、明らかにお客様の方向が間違っている時でも売り上げのために自らの口を閉じて迎合するのか。言うより現実は実に厳しい選択です。例えば、現在の若者を年配の人は草食系と柔弱を心配するような言論がありますが、そうした環境は少なくとも若者が作ってきたわけではなく、若者も柔弱に甘んじている人ばかりではないとおもいます。しかし、そうした両者のコミュニケーションが何でとれるのかと言えば、若者はツイッター社会、一方は時間をかけてジックリ話す世界。是ではかみ合う這うはずがないです。

何か同じ社会にあってこれほど異次元化した時代があったでしょうか。地域の会議でも、集合時間で議論が始まります。例えば女性と和解方は会議開始時間は夜でしかも7時30分、高齢の方は6時半から7時あたりで早く終わってほしい。本質から外れた議論に、女性の声や若者の声を会議に反映させるためには会議の開催を送らせると、高齢の出席が悪くなります。

ほんの一例ですが、こうしたことが社会のあらゆるところで起こり、お互いに意見を言わなくてもいいやと言ったあきらめの迎合も沢山起こっているのではないかと心配します。日本は今、世界に経済大国としての存在を誇ってきました。しかし、中国は2025年にはアメリカをGDPでも追い抜く発展を示していますが、一人あたりの生産性は大変低い物があり、日本はそうした特色を活かしたくにの生き方に変わっていくべき時でしょう。まさに、独座大雄峰てき存在になるためには、技術を磨くことの重要性を暗示していると思います。若者のそうした気力を持ってもらえるような国作りこそこれから日本が生きていける道ではないかと思います。自民党も民主党もこの国の姿をきちんと国民に示して、そうした政策での議論でこの国を変えていって欲しいですね。

地球規模の天候異変

広範囲に天候異変が報じられています。何かすでにいつものニュースのような気がします。そのくらい地球人は天候異変を身近に感じず、この異変の大きな原因を忘れ去っているかのようです。地球の周期的な変動もあるのですが、確実に現今は大気の異常から起こる数々の現象です。

思い返せば、例えば沖縄の海中都市、天空の空中都市などの遺跡は何故出来て、何故現在あのようになっているのか。まさに、地球の天候異変が大きな原因であり得る可能性も無くはないでしょう。発展した文明により、その欲望を人間が抑えきれず、自ら滅亡の道をたどったことは、恐竜の絶滅からも図りしれることではありませんか。文明でも何でも頂点があります。頂点を過ぎれば進むところはどこを向いても下り坂しかありません。「まさかの坂」。地球は幸せを求めた人類のエゴで、本当の幸せを考えず欲望のまま突き進んできた先進国のエゴ。

そんなことを考えながら天候異変を見てみると、本当の幸せとはいったい何だろうと思わず考え込んでしまいます。

中国首脳の米国訪問

友好の演出の言葉にふさわしく、様々な矛盾を抱えた中での中国胡国家主席のアメリカ訪問です。しかし、アメリカは最国賓待遇の取り扱いですから、中国としては悪い気分はしないでしょう。まさにアメリカに次ぐ経済国家が東アジアに日本に続いて現れた瞬間でもあります。そして、まだ早いのです世界文明が西洋から東洋へ移行し、アメリカ型資本主義もその姿を変えていこうとしているシンボリックなニュースでもあると思います。

東洋特に東アジアは、農耕主体民族であり、アメリカ、ヨーロッパは狩猟主体型民族です。特に日本は島国として違国家民族が入り込みにくい社会を自然の地形の中で形成してきましたので、近時のようなグローバル世界には親しみにくいでしょう。一方、中国は広い大陸にあって異民族の侵入には常に頭を悩ましてきています。その為、、国内での戦乱に常に巻き込まれた悲劇の歴史を繰り返していますから、身の危険を昔から膚で強くかんずる事の出来る国民性であり、同じ東洋系と言っても我が国とは相当に考え方に開きを持っているのではないかと思います。

大学生の就職難が報道されていますが、我が国の一流企業は多国籍化に向けて中国の優秀な学生の採用に積極的になっているようです。学生も国内で自分の周りとの就職競争かと思いきや、とんでもない中国や韓国などの学生との入社競争が起きているのです。したたかに彼らは巧みなほどに戦略を持って自らの生活を営んで行きます。その結果が、アメリカの中国待遇に現れてきているのではないでしょうか。

我が国も自民、民主の争いなどと「とんがりっこ」などやめて、国会でこうした閉塞をどのように打破できるかを論議してもらいたいと考えているのは私ばかりではないと思いますが。

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