明日から師走

早い!ともかく1年が過ぎるのが早い。あと1ヶ月で2010年に別れを告げることになるとは。来年は大正百年祭の年であり、地デジに切り替えという大きな節目の年でもあるわけですが、そうした年を迎える準備は果たして出来たのかな?国自体が大きな問題を抱えての年越しであり、何か新年への期待も薄いような気がしますが、一転今朝の会議の話にあったように、フリーソフトなどにはドンドンとすばらしいものが出来ている時代です。当然、若い人たちがそうした自らの能力を活かす活発な活動を繰り広げていて、自分で作成したプログラムソースを公開して、皆さんにどれほど使ってもらえるのかの挑戦をしているようです。プログラミングの世界は非常に物静かな、一行ずつを積み上げて完成させていく世界ですが、そうした発想こそが夢を現実にする世界の典型で、しかも、使う人にいかに喜んでもらえるのかがフリーソフトなどは自分への対価なのです。

そうした情報をどのように活かしていくかの取捨選択能力。現代には非常に大切な能力になる訳ですが、実に奥深く間口の狭い世界となり、「ネクラ」などと人は云ってきたようですが、とんでもない事にその関連分野まで現在は広がって、狭い入り口と幅広く深い奥行きの世界に到達出来る可能性の広い「ウェブ」になっているのです。関連性のある形のないネットワーク。そうですね何でも飲み込んでいくアメーバーのような世界とでも言いますか。その共通点が境界のない双方向なものです。

地デジになると一方的コミュニケーションのテレビ時代が終わり、視聴者が参加したりすることの出来る番組が主流となり、今以上に趣味の専門化が進んできます。一人の偉大な人物の元に集まる集団や、逆に、集団指導体制の集団などその運営にも大きな特徴が生まれてくるようになり、人間の価値観はより一層多極化してきます。そうした中で自らは何を選ぶのかは、まずは自分の気持ちのベクトルが揺らがないと同時に、自ら情報に対し拒否をしない柔軟な考え方を持つことが出来るかと思います。新しい分野は人間の欲望の元いつの時代にも必ず生まれてきます。

期待

国民の絶大なる期待を背負って誕生した民主党政権。もっとも国民が嫌った金券問題、続いてマニフェストの誇大広告問題で崩れた後を継いだ管政権も放言、職務上の失態と続いて、問責決議の採択には衆議院の議決優先で参議院の決定は知らんぷり。その間に地方選は敗退に次ぐ敗退。民主党内部でも強権の復活を予想されるうごめきの始まり。そして国民の期待には全く答えることはなく、単にその地位にいることしか考えていない全ての閣僚も、国民の声は全くの無視となり、官庁街のリーダーシップも全く関係ない。

こうした状況を我々の商売に置き換えてみると、お客様が自分を期待して仕事を発注してもらえてのに、仕事をもらうまでは本当に良いことを言ってお客様に期待を持たせておいて、いざ受注が決定するやいなや今まで言ったことは、自社の都合でほとんど出来ませんのでお願いしますと言うようなものです。国民の気合いを一身に受け船出した民主党のあまりにもひどい瓦解と言うより、国民への裏切り行為は、民主党は次回選挙ではもう党の解散をも覚悟してお見えになるのではないかと思います。

ここは本当にいさぎよくねじれ国会の長所と言うべき真摯に雇うと胸襟を開いて国家を論じて下さい。それが出来る元政権と一縷の望みをかけた国民のはかない願いの一つくらい実行してみては如何ですか。

きな臭い日本周辺

中国も北朝鮮も指導者の交代期にあり、世界経済も絶対通過ドルの信頼性が微妙に揺らいでいる。そうした中にあって我が国も残念ながらリーダーシップのない政治が混乱に拍車をかけている状態です。民主党の議員も好きなことを述べていればよいのではなく、どうしたらいいのかをきちんと発言して欲しい気がします。自分はいかに正しいかということでも、それを言うことが相手にどれだけの迷惑をかけるか思慮する必要があると思います。そこが日本国民の「謙譲の美徳」であり、そういう文化を伝えていくことが日本という国を支えてきたモノではないでしょうか。

日本は島国であり、閉鎖的な文化と言われることがありますが、独自文化ははぐくまれてきました。しかし、大きくは大陸文化の影響を大きく受けている中で、60年前の終戦後アメリカからの強い影響を受けることで、日本文化は自己主張の強い拝金的欲望文化へと変化してきました。

一方の大陸は常に侵略の歴史から、弱肉強食は当たり前であり、自分たちもそうした中での侵略されたりしたりの繰り返し文化のなかで、近似大きく経済成長を果たしている訳ですが、国のレベルには大きな隔たりが存在します。つまりは、日本を取り巻く国の状況は発展途上で、日本の30~50年前くらいの状況にあるなかで、アメリカ、ヨーロッパ、日本などの資本主義が閉塞状態になっている状況は、国名は違っていても、どこか我が国が通ってきた道のような気がします。

町づくり講演会

価値観が本当に多様化した今、高度成長期にあった町づくりのように、特定の目標に向けて行けいけドンドン的な仕掛けは、住民の反応があまりなくなってきました。昨日、市主催の講演会のお話は小さな町の再生物語。本当に55歳から責任を負ってがんばってこられたお話は、汗と涙と血のにじむ努力であったことは痛感できました。さて、そうした事を自らいかがでしょうかと問われれば、一歩引いてしまう自分がそこにはあるのではないかと思ってしまいます。そうした努力をやれない理由はいくらでも出してくる自分が居ます。やっかいなことに、そうした自分も一部分は町づくりをしているという気持があるわけですが、自分以上にやって見える方の姿は本当にまぶし過ぎる位いに見えます。それは、自分がそこまでやっていない後ろめたさなのでしょう。本物に触れることは実は大変怖い面もあるのです。それは、いかに自分がそこまで深めてないかを思い知らされるからです。

鍵山相談役にこうした言葉を頂きました。新渡戸稲造翁の言葉ですが、「いにしえの 先ゆく人の跡見れば 踏みにし道は紅に染む」(先人の歩いた道は 汗ばかりか血のにじむ努力が成されている)と。今を切り口にして判断すれば本当にあることすべて不平不満が多いですが、過去の歴史から見てみると、今自分がここにいることにふかい意味が見えてきて、多くの感謝が浮かんできます。

ふるさとがえり

当地を舞台とした映画の題名です。2月頃から皆さんにはご覧いただけるようになるとのことです。ストーリーが非常に長い間の地域の社会活動のフラストレーションになるのかどうかわかりませんが、現代の地域の絆はじめ、人の絆にスポットを当てたストーリーのようで、よくぞこの地域以外の、しかも若い監督、脚本家が作り上げた映画だとその感性の鋭さに感心をしました。この地域はある意味では謹厳実直を好み、映画をこの地域で作るなど大それた事は考えも及ばない風の中で、よくぞここまで作り上げてきた若い人たちの力の偉大さには心から拍手を送りたい気持ちで一杯です。

全てが小さい力ではないですが、大半は小さい力を結集させて作り上げたシンボルの映画は、当地の時代の変化を強く感じさせる出来事でもありました。

美しい環境

昨日は西可児中学校掃除に学ぶ会に少しだけ参加させてもらいました。生徒の皆さんは元気が良く、はきはきされて見えて日頃の学校生活が想像されました。現在、ノロウィルスの集団発生などが取りざたされて居る状況ですが、学校長から進んで掃除の体験を積まそうと全校に呼びかけをされました。このように学校で積極的に取り組みをしようとされるところの共通して言えることは、学校が美しくされていることです。私たちが学校へ行くからとばかりとってつけた掃除をされても、やはり私の洗車ではないですが、どこかで普段からやってないことが解ってしまうものです。例えば、下駄箱の履き物のそろえ方、便所用履物のそろえ方、教室の黒板がきちんと掃除されているかとか、机の並びなど、ちょっといやらしい見方かもしれませんが、そうしたところに普段の生活の癖が出るものです。

一方、生徒さんの歩き方の姿勢、挨拶の仕方なども、普段からの生活指導の中で培われていく大切な教育ですから、生徒の学業成績の善し悪しのみで、先生の勤務評定をつける現在の文科省の姿勢はほとんど納得が参らない現在の教育です。逆に生活指導すら出来ない先生の採用をしている中で、管理の中心が自分たちの価値基準しか理解できないのではないかと、最近いじめによる自殺が増えているニュースに心が痛みます。

先生は自分の成績を上げるため、標準以下の子の指導は目に入らないのか、給食を一人ぽつんと離れた机で食べている子がいて、その子の自殺はいじめとの因果関係は認められないと言ってしまう状態。まさに、学校生活までの指導を学校は放棄した宣言のようです。学校生活は何が大切なのか。それは、集団という社会生活に順応していく力もつける事です。基本的に規則を守る。周りに気が使えるようになる。仲間との友情をはぐくむためにはどうしたらいいのか悩むことも学ぶ。まさに、人生の淡い学生生活をエンジョイ出来る一番大切な時期でもあるのでしょう。そうした時、自分たちの環境は自らの力で整える癖こそ、社会に向けての自立ではないかと思います。やはりそうしたことに気づいて、指導されているリーダーのお見えになる学校はすばらしいと思います。相談役はポツリと「大変うれしいです」と、科を紅潮して言われたのが印象でした。そして、昨日は相談役に出会って19年目という記念すべき日でした。田中さんが写真を撮ってくださいました。、

きな臭い朝鮮半島

今日午後に朝鮮半島ではきな臭い事件がありました。日本を取り巻く状況は、現在大変な状況にあると思いますが、国内では相も変わらず政党の勢力争いに終始しています。本当に国民としては「いい加減にしてくれ」と叫びたい気持ちを抑えても、海外の状況は日本にとって好転していません。何故かと言えば、日本が戦場になる可能性があることを現政党の誰もが感じていないのではと思えるくらい平和ぼけしています。日本の独自国防を論じる政党はもちろんありません。なぜなら、そんなことを言い出した政党は、確実に支持率が落ちるからです。

しかし、海を挟んで非常にイデオロギーではなく、経済的理由での自己主張ばかりなのが本当に気になります。そして、もしアメリカが参戦するようなことになれば、ターゲットは米軍基地のある日本への攻撃は目に見えるようです。少なくとも、そうした国民の命を守る事が出来る体制は必要になってくる状況ではないでしょうか。国民は戦災はどんなことをしても避けきれません。国は国民を守るためには、きちんとそうした状況をからの脱却の政策は必要ではないでしょうか。政党支持率最優先ではなく。どこの政党が勇気を持ち得るか興味深い状況は続きます。

トカゲのしっぽ切り

民主党末期状態。自民党麻生政権の優柔不断の結果が政権の明け渡しをしたように、今回の法務大臣を辞任に追い込まざるを得なかった管政権は、次々に来る問責決議案恐怖にリーダーシップがとれない状況が起こることは間違いないと予想されます。とくに、補正予算の成立などは、国民が大変な不況にあえいでいる状況の見殺しですから、野党も非常に政治駆け引きが難しい状況ではありますが、政権の座を奪取する大きなチャンスとなれば、とりあえず民主党の追い落としを考えてくるだろう事は予測の範囲と思います。

こうした政治不毛の状況はなぜ?

まさに政治家に天下国家を語り、その信念に基づいた政治行動をとれる大物が居ないことが致命的でしょう。しかし、昨今そうした大物は独裁傾向が強くあまりにも周りからたたかれてしまう傾向があります。民主化とは多くの人の意見を聞き行動を決意していくことですが、ではその結果責任は誰がとるのかと云う事になると???私は独裁のすすめを述べるつもりはありませんが、せめて今回の状況になったならば、総理の任命責任ばかりでなく、国民に対しての責任をどのような形でとるのか、その誠意を見せて欲しいものです。辞任した大臣は「補正予算を通すために・・」と、馬鹿なことを言ってお見えになる。自らの無責任な方言により国民に迷惑を掛けている責任を全く感じていないですね。一方、この経済的不況下にこうしたことで政策の遅れを出している責任者は、ねじれであるからこそ野党に対して自らの責任を詫びた後政策論争が堂々とできるよう、自ら呼びかけをする位の勇気を持ちなさい。菅さんもっと大きなリーダーシップで国民の期待に応えるようお願いします。

18年目の優勝

昨日は名古屋グランパスの優勝の書き込みが無線LANの故障で出来ず残念でした。イエローハットスポンサー鹿島アントラーズには申し訳ないですが、グランパスがやっと優勝してくれました。中日が日本一になれなかった鬱憤が本日の天気のごとくすかっと晴れましたが、家では家内や子供が「名古屋の優勝セールはどうせしょぼいよ」と、話して居ます。やはりそうしたことは中部圏は言われて居るみたいですが、一転、結婚式の派手さは全国でも有名なようです。

しかし、苦節18年の優勝は実に喜ばしい事ですが、ファンは今までもそうですが、優勝を期待して応援に変わってくることでしょうから、ピクシーも一層の基盤強化に努めていく必要があるのではないでしょうか。それは、今の民主党に国民が期待したように、新しい世界への誘いにしていく必要があります。人は常にそうした新しい魅力を求めているものですが、具体的にそれが何かは実は他力本願で、言葉を換えればプロの提案を求めている様な口ぶりにななりがちですが、実際自分の考えがないから将来を見据えた計画が出来ないと思います。真の評価を得られる事は実は大変難しい時になってきています。しかし、そこに本物を求めている人もお見えになるはずです。そうした人との出会いを逃さないような自分を作ることは今一番大切なことでしょう。

遅い夏休み

会社ではエブリサンデーの私ですが、本日は生意気に夏休み休暇をいただきますと言って、好天の明智ゴルフ場に行かせてもらいました。本当に久々。家内の父もつきあってもらいましたが、スコアーはグロスで父に負ける始末。しかし、本当に気持ちいい天気で、浮き世の憂さを忘れることが出来ました。人間時にはこうしたことも必要でしょうが、時にこうした事へ現実から逃避ばかりしている人を見かけることがあります。そうした場合現実はどうなるかというと、わかりきった結果になって、以前よりもっと手のつけ様子が無くなるようになると思います。その例は、今の国会を見て下さい。全く情けない状況が国会では起こっています。民主党もこうなるつもりでの政権交代をめざしたのではないと思いますが、現状は無残な内閣支持率や政党支持率をさらけだしています。もうあの残骸を何とか片付ける方法はない物でしょうか。

折角気分の良いところでくだらない話題になりました。遅い夏休みの結果は無残な私のスコアーですが、しかし、自らの責任で出したスコアーなので文句の付け所がない事も事実です。家内の父はいつも黙々とゴルフに興じます。結果は「その時の最善を尽くした結果」だそうです。どんなときでもこうした心境でいられる自分を作り上げたいですが、考えてみれば、自分を作り上げるのは種々の要素はありますが、自分しかいないですね。生意気なことを言って申し訳ありません。是も遅い夏休みのせいでしょうかね。

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