日本は機能不全に

日銀は銀行への貸付枠増と金利を下げ、民間企業への貸し付けがしやすいようにして景気対策をしたつもりです。ところが、金融機関は売り上げの下がっている企業に融資が出来るでしょうか。しかも、融資枠が売り上げ減少でどんどん縮んでいる時です。しかも、その融資を受ける企業は円高で海外に生産をシフトしようとしている時ですから、資産処分すら辞さないかもしれません。となれば、資産デフレが日本国内に巻き起こる中で、お隣の中国や台湾、韓国がそうした資産を買いに入ってくる際、円買いに走るわけですからと、本当に少しばかりの景気対策では追いつかない状況が日本には襲いかかっていることを知っていながら、権力闘争に明け暮れている政権与党。

今までの不況と呼ばれる状況とは全く違う、日本が世界から孤立させられている太平洋戦争に入る直前の状況にも似ていませんか?こうして円が今高くなるのは円が強いのではなく、一時の避難的状況ですから、その状況が終われば世界で円が通用することが出来るかどうか。いま、円の生き残りをかけて先を読み対策を立て亡ければならない時でしょう。子孫が住むこの国を滅ぼすことなくつないでいくことは、今このときにかかっていると思います。そんなときいくら任期とは言え馬鹿な争いをしているようでは、後顧に憂いを残す機能不全にならないよう国民も声を上げようではないですか。

大正村の役割は

今の日本は、物質的豊かさを失う怖さや、安定志向から若い人も貯蓄を多くしていると聞きます。しかし、そうした行動は現状維持にとどまるのみならず、将来の日本経済において縮みの経済となりやすく、デフレの推進になってしまいます。経済政策はデフレとの戦いの歴史と言ってもいい位、デフレで日本経済はひどい目に遭ってきました。

デフレとは簡単に言えば、商取引の中で物あまりで価格が下がる現象です。そうすると生産調整などがおこり、企業内の人の居場所がなくなります。こうした循環がデフレスパイラルですが、、こうした状況にあっても国はほとんど具体策を示さずやっと今日になって日銀が単独で金融緩和対策を発表しているようです。大正時代もこうした金融恐慌が起きてきたのに、当時の日銀はアメリカと同様手をこまねいて状況を見ていたのみでしたから、あの1929年(昭和4年)のウぉール街に端を発した世界大恐慌に発展してきました。

今回の円高は誰が見てもアメリカの仕掛けです。何故日本はそうした状況で単に手をこまねいているばかりなのでしょうか。円の狙い撃ちにより、ユーロも元もウォンも大変有利な状況になっています。そして、今になってやっと重い腰を日銀のメンツを重んじて対策をするような手遅れをしているのか。まさに、時の為政者の無能としか言いようがありません。それは何故か。政治は誰のために行うのか。日銀も何のためにあるのか。単なる通貨の番人のような役割しか認識していないリーダーシップでは、日本は世界の経済戦争に敗れていくのは必定です。

政策の遅れは何を呼ぶか?一生懸命働こうとする人たちの職場を奪い、家庭を崩壊し尽くします。大正末期富山から米騒動が全国に広がりました。このときも世界の経済は軽工業から重工業へ変化している最中です。今、世界は経済の中心軸はアメリカから中国、韓国、インド、東南アジアへ移行しようとしています。そうした大きな変化の時なのに変化を読みきれないばかりでなく、変化について行くことすら出来ない「KY」政治を続けさせてしまっている国民も今一度、世界の変化の中で日本はどのように変化に対応してきたか勉強することも大切ではないでしょうか。

うれしい知らせ

今日は大阪の友人が「結婚を決めました」とフィアンセを伴って発表に来てくれました。本当にうれしかった。しかし、相当大きなハードルを覚悟しなければなりませんと、二人で新たな決意を示してくれました。私の仲間で地元で結婚の大きなハードルを乗り越えた友人がいますが、かれは、再び親の前に出られないようなことをして結婚することを周りに進められたけど。今となってはそうした我慢が良かったとアドバイスしていました。体験からの重い言葉。感慨にふけるような表情は、先日その大きなハードルの義父を失ったせいもあるのかと思いますが。

本当におめでたい場にいさせてもらい、実にいい日に感謝したい気持ちです。心の満足とはこういう事かと思います。幸せそうなお二人に幾久しい幸せがあるよう祈ると共に、二人で高いハードルを一歩ずつ克服していく努力を強く祈るばかりです。

世の仕組み

日本社会は各種制度の疲労が露呈してきていませんか。例えば、国の基本の人口、その元は住民基本台帳です。その台帳が、今となって大変怪しい状況になっています。戸籍管理は地方公共団体の最も大切な業務であるわけですが、時代の変化にともない、家族が亡くなっても親族でねんごろな弔いも出来ない国民になってしまったのでしょうか。肉親との絆をこれほどまでに失った社会。もっと言えば、肉親の死を隠してまで年金搾取しようとする遺族が現れる始末に、同じ国に住んでいることが恥ずかしい気がします。

昨日死刑場の公開をされた法務大臣が見えました。その理由が、国民に死刑制度を考えてもらうために行ったと云うことでした。確かに犯罪を犯したその後、改心される方も見えるかもしれませんが、その被害者の身になってみれば、死刑制度を検討する際被害者のことも考える必要はないかと思います。テレビのインタビューで被害者の肉親は、死刑にされるところまで立ち会いたいくらい憎んでも憎みきらないと言って見えました。

何かこの世の結論が両極端な結論の主張のし合いに明け暮れて、お互いの立場を理解し合う事の出来ない事が多く見受けられます。そして、理論の中には「私的感情(勘定)」が丸出しという、周りから見れば本当に大人げない状況で、世の制度を変えなければいけない議論の本質が失われている気がします。これから我が国を背負うべき若者がこれでは自信を持って国を愛していけないと心配しています。大変でしょうが若者が立ち上がってこの国を国民主役のエネルギーに満ちあふれた国にしませんか。今、民主党の若い議員にその時が来ているのです。そうした期待を背負ってもらえる信頼をして議員として選ばれて見えると思います。制度の変更は大変エネルギーの必要なことで、そのための反対などたくさんあるでしょう。しかし、私たちの先輩もこの国をここまでにするためには多くの汗と血を流してこられたことを忘れないでがんばりましょう。

大宇宙

太陽系の外にまだ大きな惑星があることが発表されました。天体望遠鏡の発達が成せる技でしょうか。なんと地球から2200光年の距離にある惑星で、地球よりも大きな惑星と、地球サイズが3個。宇宙は本当に未知の世界ですね。子供の頃冗談で「宇宙の果てを考えると気が狂うと」などと云っていましたが、それを思うと本当に現在が実に小さく感じます。宇宙旅行が出来るようになる日はそう遠くないと思いますが、まだ、宇宙へ行くには相当な訓練を積んでいかなければならないと思いますが、それでも世界には予約をしている人がお見えになるのは、子供の頃からの夢の実現化なのでしょう。

大正村に100年前に作られた夢双六というおもちゃが展示してあります。少年画報という本の正月の付録なのですが、じっくり見てみると100年以前に夢とされていたことが、現在ではすべて実現化されていたことには驚きました。そういえば、幕府を徹底して批判して、安政の大獄で投獄され刑死した吉田松陰。亡くなってからわずか6年後に明治維新を迎えています。私たちの身の回りにはいくつもの時の流れがあります。そうした流れの中で生きている身として果たして時の大切さを感じていることがあるのかどうか。「今ここは苦しいが少し我慢すれば」と、時を味方につけることが出来る気持がありやなしや。

しかし、この経済状況を忍べという今の政府のやり方は、まさに国を滅ぼす事になることを早く気づいて欲しいと思います。国民の声が早く内閣に届く宇宙ロケットはないでしょうか。

華美な日本人の生活

本日詳しくは詠めませんでしたが、中日新聞記事に「日本人の現在の生活を維持するためには、地球が二たつ必要だ・・」と、ある団体からの発表があったとか。考えてみれば、日本のほとんどの地域で地域格差のない生活が送れるようになっていることは、大変豊になったと云う事でしょうか?一体私たちの生活は何が豊なのでしょうか。

現在、車社会を発達させた社会インフラ整備によって、逆に国は貧乏になっていますが、それも後のメンテナンスは、経済が右肩上がりの場合何の苦もない世界であったのですが、一度経済が縮んでいく時、そうしたつけは大変後世に重くのしかかっていくことになるのです。もっとも大変なことは、そうした後世に対しての意識を180°変革する必要が出てきます。「コンクリートから命へ」と、すばらしいキャッチフレーズに乗って国民は期待した政権交代が今では、政権後退となりつつあります。日本が完全に沈没する危機意識のとりちがい。権力闘争にしても政権の闘争であるならばですが、一方は自分の身の安全を狙った闘争にしか国民には見えません。一方の現政権は、あろう事か国難を国難と認識できない閣僚をそろえ、世界から「打つ手を知らない日本をたたけ」とばかりのふがいなさ。

このままではいつまでたっても満足を知らない日本国民と、いつまでたっても国難をすくう政策を知らない内閣と、自分の罪を隠すための一政治家を養護する政治家ばかりとなってしまいます。国民は、いますぐできることは、大きな努力をして小さな効果しか得られなくても、そうした事を積み重ねていける強靱な精神を備えるようがんばることではないでしょうか。昔、外国から来た人は日本人の精神性の高さに驚いていたと云われています。そうした事が出来るようになるために、今から自分に出来る事を積み重ね続けていくことが世を変える一歩になると思います。貧しくとも心豊かになる国。それはとりもなおさず己に厳しく周りに優しい心を作ることではないでしょうか。私はそのために掃除をさせてもらぅっています。

組織機能不全

同じ目的を持った組織が動いている間は、組織という機能が発揮する力は、人一人×組織人数分以上になることが多いと思います。一度その目的達成のための方法論などに異論が出た場合、自分たちの理論を通すためには、その手段を選ばない様な行動に出る様なことになると、かえって組織があること自体邪魔になることになります。まさに「しがらみ」で、組織の目的自体を見失う事になりかねず、元々の組織が分裂していくこともしばしば見受けられますが、そんな経験が大小に関係なく皆さんおありではありませんか。

組織を支える人の数×一人の考え=十人十色です。組織のトップが最初に十人十色ありきから議論をはじめる場合と、組織の考えが十人一色であるべきと組織の運営を進めようとする場合があります。前者のトップはおそらく人の意見を聞きながら徐々に組織の目的へ舵を切って行かれるだろうし、後者の場合はトップの延々とした理想論から始まるので、いつまでたっても組織内の個人の考えまでには及ばないことが多いと思われます。自分自身でもそうだと思いますが、自らの行動がきちんとした目的の中でなされていれば、体はきちんと意識通り動いてくれると思いますが、どこかに納得がいかない事があれば、どうしてもその動きはどこか緩慢になる時があるのでは。そうした時、事故やミスが起きたりしがちで、本人はその原因は表面的な追求で終わってしまい、何故そうなっいたかのふかい理解がきないことが多いのでは。そのため、阿智事で同じようなミスや事故が重なる事になると思います。

そこで、組織にありがちなことは、責任者に責任をとらせて、事故やミスを収束するやり方。大相撲の世界などそうした事が一杯見受けられますが、そうした組織の従来からのやり方を変えるにしても,変えないにしても悪役捜しが沢山行われ変化できずに組織が機能不全のまま最後を迎えてしまうことにならないよう、意識して組織の活性をはかるため、組織を構成する『個』を磨いていくことが必要ですが・・・、

会議のための会議

最近会議が大変多くなりました。コミュニケーションをとると云うより会議の運営がスムースに行くようにするにはどうしたらいいかという云ってみれば会議のための会議になりがちではないかと思えるような会議に、大変な時間の浪費と将来に対する不安が交錯します。コミュニケーションとは、情報の均一化ですから、ありとあらゆる事がお互いにしれていないといけないと思われる方もお見えかと思いますが、逆に私はそう思いません。情報には段差があって良いと思うのです。段差があるから他の方の情報に興味がわくのであり、学ぶことも出来るような興味も会話の中から湧いていくのではないでしょうか。しかし、共通化の必要性もあります。共通化と云う事は自分がこの情報に対して納得行くか行かないかではなく、単なる情報として知っていると云う事。その後に、自分が判断することは情報の共通化のプロセスではないかと思います。

本日、大変な円高で日本の株式市場は抵抗ラインの9000円を割り込みました。財務大臣の記者会見の中には、今後に向けての具体的な方策などほとんど見受けられないというので、株式下落に余計拍車がかかったと思われます。もっと、財務大臣は本当に情報の分析をして、少しでも円高が大臣の言葉で防げることはないのでしょうか。逆に、創始tじょうほうを真剣に集め分析して国民に伝える努力をしているのでしょうか。全くの無策は何故起こるか。私は、財務省はじめ、政府全体が会議のための会議に明け暮れて、それが仕事と勘違いしている人たちが多いのではないかと疑りたくなります。もう、日本がじたばたしてもこの為替変動は止まりません。素早く、ASEANの強調、アメリカとの強調へ動いていかなければ日本の技術は、本当に安く買われてしまいます。具体的な行動の必要な時も世の中にはたくさんあります。もう遅れてしまったかもしれませんが、今、日本は本当の正念場にかかっていることを強く認識することです。

沖縄の感動

清々しい沖縄興南の優勝でした。そして、「沖縄県民の優勝です」と語る主将の言葉に、実に謙虚な、久しぶりの日本人の美しくしい姿勢に感動しました。琉球は島津藩によって日本に併合されました。島津藩は琉球の貿易に目をつけていたのか、その併合に対する脅迫は非常に強くしつこいものがあったようです。そして、太平洋戦争末期沖縄戦では、兵士以上に沖縄県民が犠牲になりました。ひどいもので、日本兵が現地の市民の服に取っ替えさせ敵に突入させたり、母親に抱かれて大声でなく赤子を、敵に見つかると殺してしまったりもされたそうです。しかし、そうしたことに負けず、沖縄は国際通り(奇跡の1マイル)に象徴されるごとく、明るく強く元気に生きてこられました。

人情は実に温かいところです。例えば、那覇の公設市場2階に、1階で売っている材料で料理を作ってくれる食堂があります。はじめていった時、あまりきれいではない場所ですから、子供達はブッとしていました。しかし、料理を口にしたら私たちがつまむ間もなく次々と平らげてしまいました。オーダーする時、こちらは知らないですから、「伊勢エビの刺身」と、オーダーしましたら、「今日は海が荒れて漁に出なかったから新しくないからやめなさい」と、お店のご主人の言葉。なんて親切なお店だと大変気に入って、以降、沖縄に行くたびに必ず寄ってきます。『きらく』というお店ですが、いつ行っても満杯で、先日はプロゴルファーの片山晋呉が来て並んで待っていました。大変気さくな中国系のご主人とは顔見知りになっています。

そうした沖縄から初参加の首里高校が沖縄に帰る時、検疫で甲子園の土を入国し際し海に捨てなければならない事態もあったそうですが、今回、興南高校の清々しいメンバーが県民と共に勝ち得た、夏の深紅の優勝旗が昨日沖縄の地を踏みしめました。本当に本当にふかい感慨があったと思いますし、熱い感激も見ている者にすら伝わりました。選手がおごらず沖縄初めての夏の大会優勝と、6校目の春夏連覇を成し遂げ、これで来年まで高校野球の目標になっていくわけです。連投の一二三投手の激投、そして、最後まであきらめない高校野球のすばらしさの余韻を心に残しながら、まだまだ暑い夏は過ぎていきます。

言葉の持つ力

興南高校の監督の談話が新聞にありました。さすが、春を勝ったらきちんと夏に目標を定めるよう指導されていました。そして、言葉には力がありますと自信を持っておっしゃって見えました。それは、監督は日頃からの強い指導があってのことでしょうが、そこには選手と監督という以上の強い絆を感ぜられます。

言葉は人を傷つけることも、勇気をあげられることも出来ます。そのくらい十分な注意をして言葉を使わなければいけませんが、時として平気で相手を傷つけるような言葉を使ってしまうことがあるのです。もっとも注意すべきは、そうした言葉を使っておいて自分が相手を傷つけたと気づけないこと。空気(雰囲気)が読めない場合よけいにそうしたことが重なりますから、長いつきあいの出来ない方は注意しなくてはいけないですね。特に、自分の周りに忠告をしてくれる友が居る人はまだしも、残念ながら人はあまり言いづらいことは言ってくれないものですから、普段自分の周りでズケズケ言ってくれる友はかえって大切にしたいものですね。なかなか出来ませんが・・・

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