壮観な行列

提灯行列は実にノスタルジックで、しかし、多くの方の参加を得て素晴らしい眺めとなりました。道路の両サイドにはろうそくが全コースに並べ点灯されていて、一層すばらしい景観を醸してくれました。終了後の片付けが大変だったと思います。

行列に参加された450名ほどの方。子どもさん有り、お年寄りは「明知鉄道開通以来」と、非常に懐かしがってもらいました。「私も参加してもええかな」と、遠慮がちに行列が途切れる頃に話しかけてこられたり、お母さんに隠れがちに付いてきて「一緒に歩きたい」と、参加してくれた子ども、バスケの練習を中止して夏の思い出にと参加してくれた中学生。本当にやってと言うよりやれて良かった・・と、心から住民パワーに感謝すると同時に、大正村というまち作りは「住民が主役」であることを再認識しました。同時に、生活を営んでいる町並みを無理に観光にあわせる必要もないのだと思いました。

決起大会宣言文の通り、これからも沢山の人の小さい力を沢山集められるような、人の絆で繋がる地縁を大切にと思ったイベントでした。

提灯行列

午後からの天候の加減で本日予定しています提灯行列が出来るかどうか。大正(値段かな?)にこだわり本日使用する提灯はビニール製ではなく紙で作ってあり、ロウソクを使っているために雨天時には大変気を遣う状態です。しかも、一部の方は私用の着物を着られるそうで、特にそちらにも注意が必要となります。時代にこだわると現代では考えられないような不便さがクローズアップされます。こうした問題を解決する知恵が、歴史となり継承文化となってきたのでしょうか?

本日は大正100年祭1年前イベント「住民総決起大会」を行います。1912年7月30日明治天皇がお亡くなりになり、大喪の礼と喪中で改元祝賀会は、3年位後に各地で提灯行列など挙行されたという歴史がありますが、当地は来年の本番を前に本日挙行する予定になっております。市長、観光協会長、理事長他の皆さんには、大正村資料の袴を着けて戴き行列に参加してもらう予定です。約1キロ弱の間を行列するわけですが、何とか雨が降らずに持って欲しいと思っています。

こうして見ると、昔は行列をすること自体大変な事業であったわけですが、ある程度整然と行列が出来るということは、江戸時代からの朱子学の教えを幕府は利用して国を治めてきた名残なのでしょうか。現代は、儒学の教えの時代に入り、大企業の社長でも公募するような事を報道していました。儒学は佐久間象山、大塩平八郎などが強い影響を受けたとあります。そうした弟子に教えを施したのが、岩村藩家老の息子であった佐藤一齋翁でありますが、翁も若い頃は広く世間を見聞する経験をされているようです。

イノベーション。常に新しい時代を見据えた次代への挑戦はいつの時も必要な要件であるわけですが、今の日本はどこかえ失ってしまったのでしょうか。

梅雨明け後初の雨

今日は朝から雨が・・朝の内は大変強く降っていましたが、昼過ぎからは小やみになったようです。最近は天気の変化も荒々しいですが、これも地球温暖化の一現象でしょうか。地上ではそれほど感じない環境変化が、一度海の現象を見ると刻々と変化を認識することが出来るようです。今までの季節にとれていた魚が、全くとれなくなってしまったり、従来そこに泳いでいるはずがない魚が結構いたりと、現場では直接収入に響く変化であることが多いので、関係して見える方々からはそうした情報があがってきているようです。

最近のニュース報道は、ニュースがあって、メディアが競争で後を追う方法のようです。それは、取材経費の削減という厳しい枠の中で各社動いていますから、例えば報道特集として現象を捉えるにしてもあまりふかい取材は出来ないのだと思います。そうした報道を見ている我々は注意しなくてはいけないことは、自分の考え方をしっかり持ってそうした番組など見るように心がける事が大切になると思います。ニュースでも数社のニュース番組をみるとか、報道の中身もインターネットでも見てみるとか・・。忙しい現代ですからそんなことをやってられないと思われるかもしれませんが、そうではない!単なる情報を受けただけでは、自分の考えを組み立てられる能力は知らず知らずのうちに退化していくと思います。茂木先生ではないですが、使わなければ人間の能力は退化していくそのものが、テレビ文化に流された情報人間の暗部でしょう。

梅雨明けの雨の話から脱線してしまいましたが、雨の情報でも知識があれば自らの命を救われることもあると思います。それは、昨年兵庫県であった避難途中の水難事故。暗闇を避難命令に従い避難している最中、普段は見向きもしない側溝に流されて命を落とされた方がお見えになる。こうしたことでも、避難命令を受けた後の判断とその行動をどうしたらいいのか。行政は避難命令を出さなくてはなりません。しかし、命令を受けた方は周囲の状況の判断で各自の責任で避難用具などそろえて行動するわけです。その時、一体何を持ったらいいのかなど、パニック状態でのとっさの判断はよく考えた上での行動を要求されます。何度も言うようですが、ゲリラ豪雨はもうどこにでも発生します。日本のインフラはそうした雨量を予測しては備えていないのが現実です。是非家庭でも職場でも防災を自らのこととして考える習慣が必要になるのではと思います。

大正百年祭計画プレス発表

本日は午前10時から市役所で大正百年祭についての取り組みを発表しました。忙しい時期でもあり取材は3社でしたが、大正百年に対する思いが全国に流れる第一歩として、当地域に本格的に情報の発信をさせて頂きました。

大正村を始めた思いは、それほど高邁な難しい理論ではないと私は思っています。明智は以前町を真っ二つにした町長選挙をした結果のしこりが残り、至る所で選挙後も派閥の抗争が起こり、町政を進めるにも大変やりずらい状況になっていたそうです。何とか町を一本化したいという考えを持った方が、町おこしを進める一本化した目標が『日本大正村構想』という、当時住民にとって訳のわからない壮大な計画の立案だったそうです。町はひっくり返るような大騒ぎとなり、「このまま行けば明智はペテンにかけた町と全国からいわれる。」とまで、心配された町の要職の方までお見えになったようです。

この運動を仕掛けた方は、普段あまり町政に関わりを持たれない方3名ほどのグループで、当時、ガリ版原稿で地図を作ったり、大正村の説明を刷ったりして、労賃などありませんから、ただ働いた(ただ働き)事が、全国でも珍しいボランティア活動での町づくりとして全国に名をはせていったようです。しかも、時あたかもバブル真っ最中に町から村へ格下がりすることを選んでいたわけですから、そうした議論も百出となっていきます。あまりに発案者へのウェイトがかかりすぎるのを見て、スポーツを通して仲の良かった老人お二人がお手伝いに参加され、献身、陰徳的な活動をされるようになります。こうした経緯は、朝日ブックレット「日本大正村の変」という小冊子(当時250円)に書いてあります。たぶん今でもあると思いますが、ご希望の方は日本大正村役場(TEL0573-54-3944)へお問い合わせください。

金もなければ組織もない。あるのは「大正村をやらなければペテンになる」という、悲壮感のような気持と、座して死を待つより何かを若い者に残していきたいという使命感が、ドンドンと多くの仲間に伝わり、お手伝いの人が増えていくわけです。というより、ドンドン観光客が増えていく中で何とかお手伝いを増やして行かないと、客がさばけない状況になってきた中での奮闘に状況は変わっていくわけです。しかし、今から思うと本当によくやられたエネルギーがあったとプレス発表を聞きながら感心します。「無我夢中」まさに夢の中での出来事が大正村という明智町で起こっていったと思います。こうした中での組織の作り方は実に私たちの今に勉強になることが多いと思います。

コツコツ続ける・・

昨日は岩村で会議をした後、夕食懇親会を同じ岩村の町並みの料理屋で行いました。会議場から懇親会場まで少しの間でしたが岩村を久しぶりに歩きました。暮れゆく町並みは実にノスタルジックな、住民の理念が篭もった景色を見せてもらいました。

一時大正村の隆盛の頃、「大正村の中の岩村」などと言われる位、彼の地は厳しい状況にあり、岩村の中でも大正村は良いといういわば危機感が強くあったようです。しかし、行政の担当者はじめ無理せずコツコツと町が岩村の城下町にこだわりを持ってがんばってこられた結果が、今の景色になっていると感無量な気持になりました。料理屋も表は殆ど元のままですが、横から入るとすばらしい木地丸出しの内装に変わります。宴会の席も畳ですが机は椅子も使えるよう工夫して高齢者向けに工夫してあります。大正村と比べるわけではありませんが、非常に民活が進んでいますので、通りに面したお店もそれぞれ工夫した客寄せをされています。

「町おこしが一部のお店のために行われることは町が一本化できない」と、大正村草創期には当地はあまり特産品を前面に出さないやり方で大正村の運営を進めてきました。しかし、そのやり方と言うより住民が主体となって進めた町おこしのやり方が広く全国に話題を呼び、コツコツ理念を持って続ける町づくりをしなくてもお客様がおこしいただけましたので、どうしてもその事にあぐらをかいて、お越し頂いた方に対する感謝と努力を忘れてきた結果が、現在のお客様の減少という結果になってきたことは、相当多くの人が気づいて見えるようですが、なかなか方向転換をすることが出来ません。町の中のエネルギーはどこでもそんなに差はないと思いますが、実行力という点は日々大きな差になってきます。「微差大差」鍵山相談役のお言葉をお借りしました。住人が元気な町に生まれ変わるためには、少しづつの協力が積み重ねられるそんな町づくりを求めていけるように、そして、大正村が始まった時の原点で、住民が主役の町づくりを、人の絆を大切にする町づくりを少しずつではありますが努力したいと思います。

組織が人を作る場合

組織はトップの大きさまでしかならない。どんな組織でもそういわれて久しく、現実にそうなっているような気がします。何故かというと、組織は人によって作られ壊され、運営されていっています。まさに、人がその中で活性化できるかどうかの素地を作ってあるかにかかるのではないかと思います。人の活性化は実に大変なことです。トップだからとむやみに権限を振り回したり、押しつけたりしていると人はやる気を失いがちです。特に、組織のトップとして居心地が良いと、後継者をたたいて自分しかできない組織にしてしまい、トップの周りもすべてイエスマンを置く結果になると、その時はトップにとって良いのでしょうがいつか「裸の王様」になってしまい、組織壊滅という結果になるかもしれません。

逆に、「立場は人を作る」という言葉もあります。組織のトップをやって人柄が伸びたと言うことです。組織は、人をまとめるという大きな役割を持ち、そのために組織を作り様々な人たちが力を合わせて一人では出来ない大きな目標に向けて歩んでいくためにあります。自分個人の目標達成のため人をこき使いすり減るまでこき使う様なやり方のトップの元で活動をしている組織人は本当に可哀想ですが、トップは意識して当分の間がんばれよと勉強のため動かすこともありますが、今の人たちはそうした耐えることはあまり好みではないらしく、ご本人にとってつらい耐えることがあると、我慢せずトットと組織から脱退される方も多いとも聞きます。

しかし、組織にきちんとした目標がある場合は、そうした事も乗り越え歯を食いしばってがんばる人も見受けます。組織は人任せにすれば組織がやらなければならない事があれば、必ず誰かがやってくれます。そのため、組織内も様々ないびつな関係が起きてくることがありますが、そうした事を察知しあらかじめ手を打っておくことが組織のトップの最大の役割であると思います。そうした組織は、必ずや人も伸び組織が人をのばす風紀を育て持てるのだと思います。自らのやる気こそは人のやる気おも引き起こせるような人になりたいですね。

厳しさと優しさ

昨日から、日本を美しくする会中部ブロック会議と、本日は早朝街頭清掃大変暑い中鍵山相談役の参加を得たため普段より沢山の参加者で盛会に終えることになりました。私も、早朝街頭清掃には久しぶりの参加で不安はありましたが、何とか邪魔にならずに終えることが出来たかな。昨日西三河は午前中西尾小学校の掃除をされ、当会から堀くんが参加してくれました。本当にご苦労さまでした。

鍵山相談役がお見えになると参加される方がグンと増える傾向があることは解っていましたが、今回のように通常の倍ほどの方がお見えになることは、相談役の頑とした信念と、人間味のある優しさに皆さんが惹かれてこられるのではないかと思います。ご本人は「これだけ多くの方が掃除に集まってくださることはすばらしいです」と、さらりと話されるのですが、実はそうではない。本当に相談役は大変な努力を重ねてお見えになられます。その努力を鼻にかけず、常に主催者の努力をと集まってもらった方々を褒め称えることを欠かされません。それは、他から見れば常に他人に対する感謝の気持ちを持って見えるということではないかと思います。ですから、本当にすがすがしい気持に参加したどの人にも印象を与えていただけます。

今日の街頭清掃は、鍵山相談役に着かせる配慮を見せてくれた人がいて、偶然班長が当社の堀くんでした。4人で植木のグレーチングを掃除させてもらいましたが、相談役は実に妥協のないしかし、少しでも早くグレーチングの泥が落ちるよう作業される中で工夫をされていきます。大変至福の時を過ごさせていただきながら、たっぷりと土埃をかぶって作業させてもらいました。「ほこりたかき男!」

昨日は、ブログがアップできませんで申し訳なく思います。やはり、相談役の御話を伺ってから・・・などと、アップを後回しにしてしまい時間が無くなってしまいました。今後このようなことの無いよう注意します。

思いやり

自分の言ってることは正しい。一度こう思い込んでしまうと自分の正しいと思う論理をところかまわず振りかざすタイプの方がお見えになります。確かに論理はその通りだけれども、そういう風に「簡単にできれば苦労はないわな」と、心で思いながら攻撃された立場となっている人に同情の思いを寄せる。言ってる人は一生懸命自らの論理の正しさを言えば言うほどその場の空気はしらけていくにもかわらず、余計に自己の理論の正しさを正義の味方とばかりまくし立てる。

こうした体験はありませんか。一方、「やらない方が良いと思ったけど、俺があの時そうしたことを言うわけにはいかなかった」と、会議も終わってそうした発言をして、「いつまでたっても改革は出来ないね。みんなやる気がないから!」とばかり、ここでも自分は正義の味方になっている人がお見えになります。企業では、こうしたことの繰り返しをやっていると必ず業績の数字に現れてきますから、責任者は何とか変革に力を入れるか、自分で改革していこうとしますが、もっとも始末が悪いのが、町づくり活動などの結果責任を殆ど問われない活動です。

どんな団体でも結果はきちんと確実に出てきます。企業は責任がきちんとしている中で運営されていると思いますので、思いやりなどと言ってはおられない状況であればガンガン修正をかけていくべきなのですが、主に税金を使った活動をしている団体はここのところが意外と手つかずになることが多いのではないでさようか。だから今の日本が出来上がったのではないかと思います。しかし、国家も地方も余裕のある状態にはない現状をどのように打破していくのか。従来のようなやり方では特に地方は進展が出来ないと思われます。思いやりを持った論議(ディベート)の出来る国民性の高揚が至急待たれるところです。

セリーグが前半戦を終わって

本日は全く私的な意見ですが、中日ファン以外の方には申し訳ありませんが、中日の前半戦を見ていて思うことは、無理せず戦う落合流野球戦略の見事さを、先回のサッカーワールドカップ岡田流と非常によく似ていると思います。ファンのひいき目と言われればその通りですが、ここに来てあれほど鉄壁な投手陣に開幕から一杯のほころびが出ていました。そこには、いったい何があったのか?野球チームのチーム力はそれほど大きな差があるのではなく、チームの選手がやる気を出してくればそれが即チーム力に繋がると言うことではないでしょうか。そのことを落合監督はじっと忍耐強く待ち続けていた気がしてなりません。大負けした時のインタビューなど何か評論家のような発言にファンとしては感情論まで含めて腹立たしく思うこともありました。よく考えてみれば、野球は監督がするのではなく、選手がグランドで直接たまに触れる競技です。監督が出来る事は選手のやる気を鼓舞することと、キャンプに時選手が今年1シーズンを乗り切れる体力技術をつけることくらいで、後は、選手の結果良ければ選手のおかげ、悪ければ監督の至らなさと責任をとることにつきるのでは。

会社でもそうです。確かに、それぞれの役割がまずは明確になっていること。そして、そのことを懸命に努力しているかどうかを見せてもらい、お互いに目的に向かって裏表のない努力が出来ているかどうかではないでしょうか。しかし、言葉では簡単ですが自分の業務の境を誰が埋めるのか。そこがお互いを思いやれる人間関係が出来るのかどうかではないでしょうか。このあたりを少し明日からもお話しさせて頂きたいと思います。

友人の来訪

午後から岩村の友人がイベントのチケット販売をかねて、町づくりについて話によってくれました。今、岩村は人が本当に元気が良いですが、その原動力は一体何かを聞いていると、いずこも同じようなことが起きているようです。ただ、岩村城800年祭を契機にして町づくりという雰囲気が大変盛り上がってきたようで、イベントが人の心に火をつけた好例のようです。中心となって動いている友人は、従来からスポーツ団体で熱心に活動していたそうです。そうした時の人脈をフルに使い、又その人脈が人脈を呼んで、結構町内組織のネットワーク化が出来るようになり、お互い相互扶助的活動が町の活性化になっているようです。

各団体は、使われるのでなく自分たちらしい活動を目指し、人脈の関係で互いにお手伝いをしていくことで、そこに地縁が深まっていく。そうした核を作って派手ではないけれどコツコツと同士を増やしながら、結構楽しんで活動をする。何か新しい市民活動の姿をそこに見ているような気がしています。日頃のつきあいが大切なことはよくわかりますが、体力がものをいう世界にはちょっと遠慮がちになる今日この頃自分。新しいエネルギーの出番を待ちながらも進んでいくことは気力意外なにものでもないのではと・・。

しかし、コミュニカーションの大切さを今日ほど切実に感ずることはなかったです。それは、岩村も同じような悩みを抱え進んで行っていることも解りました。やはり、自分たちばかりが苦労しているのではないですね。共に乗り越えられる努力をがんばらねばと思います。

Categories

A sample text widget

Etiam pulvinar consectetur dolor sed malesuada. Ut convallis euismod dolor nec pretium. Nunc ut tristique massa.

Nam sodales mi vitae dolor ullamcorper et vulputate enim accumsan. Morbi orci magna, tincidunt vitae molestie nec, molestie at mi. Nulla nulla lorem, suscipit in posuere in, interdum non magna.